久しぶりに腰を据えて読書をしたら、本の虫がうずいてきた。
もともと私は、少女時代から読書好きだった。 文学少女といえば聞こえは良いが、スポーツが苦手で、戸外で友達と元気に遊ぶより、家の中で一人で過ごすことが好きな根暗な少女だった。 小学生の時、図書館の閲覧室の床に座り込んで伝記を読んでいたら、そこにいるのを気づかれず、閉じこめられてしまったことがあった。 また、ある時は、本を読みながら下校していたら、路肩から足を踏み外して、土手の下に転がり落ちたことがあった。 さて、この本は、私の住まいにほど近いところに今も居を構えておられる芥川賞作家の村田喜代子氏の作品である。 友人から、是非にと勧められ、象の背中と一緒に購入したのである。 否、この本を購入するついでに象の背中を購入したのだった。 本のタイトル、龍秘御天歌(りゅうひぎょてんか)は、ハングルで書かれた最初の文学「龍飛御天歌(용비어천가=ヨンビオチョンガ)」(1447)をもじったものであると思われる。 世宗大王がハングルの普及をすすめるためにつくらせたもので、「楽章」とよばれる長編詩歌の形式によるものだそうだ。 文禄の役・慶長の役(韓国では、壬辰倭乱=임진왜란, イムジンウェラン、慶長の役を丁酉再乱=정유재란, チョンユヂェラン)と呼ばれる秀吉の朝鮮出兵の時、朝鮮半島から、沢山の陶工たちが日本に強制連行された。 茶の湯に親しんだ秀吉が、質の良い茶碗を作らせるために連れてきたのだという。 故辛島十兵衛こと張成徹(チャン・ソンチョル)も、そのような陶工の一人であったが、傲気(オーギ)と呼ばれる半島人特有の負けず嫌いのために、強制連行されても、日本に帰化させられ、そのために信仰の自由を奪われ、本貫を奪われ、日本式の名前に改名させられても、益々陶業に精を出し、龍窯を興し、大窯主となった。 そのため、帯刀も許され、日本人の陶工をも抱えていた十兵衛の葬儀は、徳川幕府の役人も参列する大々的なものになると予想された。 内々の葬儀ならいざ知らず、そのような大きな葬儀は、日本に帰化した以上、幕府の法度の下で行わなければならない。 しかし、日本式と半島式では、その在り方がことごとく異なるのである。 十兵衛の妻、百婆こと朴貞玉(パク・ジョンオク)は、驚く長男十蔵こと張正浩(チャン・ジョンホ)を尻目に、「葬儀は半島式で行う。」と、言い放つ。 当時、日本は男も女も結髪だった。 この髪をとかされるのは、罪人ぐらいだ。 しかし、朝鮮式の葬儀では、喪主並びに親近者は、ザンバラ髪に粗麻で織った布を粗く縫って作った喪服を身にまとう。 そして、日本式がしめやかに行われるのに対して、朝鮮式は「アイゴー アイゴー」と、大勢で泣き叫ぶ。 そのどれもが、故人の死をどれほど悼んでいるかの証なのだ。 その祭り方のひとつひとつに意味があり、その一つでも怠れば、死者の魂は宙に漂うことになる。 私は、この聞き慣れた「アイゴー」という言葉が哀号と書くのを初めて知った。 亡き夫の魂のために朝鮮式で葬儀を行おうとする百婆と、日本の地でこれまでどおり仕事をしていくために、日本式で葬儀を行おうとする十蔵は折り合うはずもなく、葬儀は、表向きと内向きの二段がまえで行われることになる。 日本人と半島人の腹の探り合い、母と息子のだましあいが、おかしくも悲しい。 特に、僧侶に韓国語の経文だと嘘をつき、半島の恋歌を読ませる辺りは圧巻である。 しかし、最後の最後に百婆は、日本式に敗北する。 日本では、当時既に火葬する習慣になっていたが、朝鮮式は土葬である。 日本の役人の目をごまかすために、山にうち捨てられた他人の骨を火葬し、骨拾いをしてまで画策したが、人目を忍んで棺を山中の朝鮮墓に運ぶところを村人に見とがめられ、棺を暴かれる。 万事休すと思われたが、十兵衛の遺体が入っているはずの棺には、既に火葬された本物の十兵衛の遺骨が入っていた。 息子の十蔵が、母親の百婆を騙したのである。 それを知った百婆は言う。 「もう、喪服なんざ、どうでも良い。お経もかまわぬ。ただ・・・。俺が死んだら、朝鮮墓に埋めるんや。そしたら、俺が成徹に変わって龍窯を守る。」 火葬されてしまった成徹には、もはや龍窯を守ることはできぬのだろう。 葬儀はいったい誰のためにするものなのか、死者のためか、残った者のためかを、改めて考えた。 また、日本と韓国の風習や思想の違い、日本人と韓国人の気質の違いをまざまざと見せつけられた気がした。 そして、これまで、韓国人が秀吉の朝鮮出兵にまで遡って日本への恨み辛みを語ることに、少なからず疑問を覚えていたが、それは当然のことだったのだと思えた。
by lee_milky
| 2007-03-24 01:07
| Book Review
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Comments(7)
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yumi
at 2007-03-24 03:10
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milkyさん こんばんは^^
とても興味深く読ませていただきました。 思想の違いは宗派が違うだけでも相容れないものがあります。 国が違い、日本に来た過程が複雑ならば尚の事そうでしょう。 百婆は過去の人生をも大事に、朝鮮人としてのプライドを強く持った人。 今でも朝鮮半島の方は自国に深い愛着をもっていらっしゃると思います。 私達は日本という国にどれ程の愛着を持っているのか疑問ですが・・・ 歴史書というのは奥が深いけど、たまに怖いものに感じます。 自分を持っていなければ、流される可能性を秘めているものだから。
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lee_milky at 2007-03-24 08:50
☆yumiさん、おはようございます。
>歴史書というのは奥が深いけど、たまに怖いものに感じます。 自分を持っていなければ、流される可能性を秘めているものだから。 なるほど、そうですね。 私など、歴史に対する科学的な認識の薄い者は、どのようなものに触れるかで、考えも180度異なる方向に傾きます。 レビューの中では書きませんでしたが、第一世は、半島を懐かしく思う半面、こちらに来た事情もそれぞれ異なり、日本に来たことを心から嬉しく思う人も存在します。 強制連行に乗じて、自ら故国を捨て、日本で再生しようとした人も少なくなかったようです。 ご承知の通り、差別の激しい国ですから。 二世になると、日本に融合した代わりに、その事情は分からず、強制連行の恨みだけが残るのでしょう。 親は、真実は隠していますから。
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みずき
at 2007-03-24 20:40
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こんばんは。異動がなかったのですね。良かったですねと言えば良いのか、残念でしたねと言えば良いのか・・。担当の生徒さんを心置きなく送り出す大切な1年としてくださいね。
この本の題を見たとき、難しい本だなぁと思いながら読んでいくうち、引き込まれてしまいました。秀吉の時代からの物語ですが、沢山見てきた韓ドラで感じる感情と同じものを感じました。 ミルキーさん、昔から「読書感想文」上手でしたでしょう。私は読書感想文が書けなくて、小さい頃は読書が嫌いでした。子供達の夏休みの宿題も苦労しましたよ。前の「象の背中」も興味深く、読んでみようかなと思いましたよ。それよりこの本の方が面白そうですね。 結婚してからは本の楽しみも覚えてよく読んでいましたが、最近はDVDとPCで読まなくなりましたね。ここの所は楽に読める、村山由佳、唯川恵、宮部みゆき等ですね。 「砂時計」を見た後、朝鮮半島の歴史を検索してみました。新羅、百済、高句麗、「そういえば習ったなぁ。秀吉の朝鮮出兵・・。」覚え切れませんが係わりは今に始まったことではないことを今さらながら思いました。
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lee_milky at 2007-03-24 21:07
☆みずきさん、こんばんは。
祈るような気持ちで、内辞を待っていたので、異動が無くて、本当に嬉しかったです。 平均6年で異動ですので、9年も勤務できるのは異例だし、本当にラッキーでした。 私も、本当に久しぶりに読書らしい読書をしました。 今、また、作者がこの本を書かれるに当たって、参考にされた文献をアマゾンで注文しました。 私は、本来映画やドラマの鑑賞よりも読書の方が好きなのです。 感想文は上手ではありませんでしたが、小学生の時は本を読むと、必ず読書感想文ノートに記録していました。 日記は宿題以外つけたことがないのに、今考えると不思議です。 5年生か6年生の時、あと1ページで終わるノートを埋めて、新しいノートにしたくて、図書館にあった最も薄い「イワンのバカ」を読んで、ふざけて感想文を書いたら、それが入賞してしまい、表彰式の時、タイトルを読まれたら、会場がどよめいてしまいました。 「イワンのバカ」って、小学生の低学年が読む本ですよね^^;
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lee_milky at 2007-03-24 21:07
☆つづきです。
このレビューをお読みになって、本を読んでみようと思われたなんて嬉しいです。 >沢山見てきた韓ドラで感じる感情と同じものを感じました。 そうですね。 私も、ここでみずきさんから時々教えて頂く韓国人の感情を思い出しながら読み進みました。
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at 2007-03-25 11:19
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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lee_milky at 2007-03-25 21:19
☆at 2007-03-25 11:19 さん、こんばんは。
この本を紹介された時、村田喜代子さんとお聞きしてもピンと来ず、「鍋の中」ではじめて記憶が蘇りました。 確か私も読んだはずなのですが、内容が思い出せません^^; 最近は、読書量は減りましたが、ここで、反芻しているから、内容は定着してるように思います。 ピのファンの方も多いですね。 ありがとうございます。 楽しみにお待ちしますね。
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