RGBとCMYの不思議な関係

カテゴリ:-生き残った者の悲しみ( 7 )

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)TOP

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1993年
KBS
全16話



第1話

第2・3話  

第4・5・6話  

第7・8話
第9・10・11・12話  第13・14・15・16話NEW
    
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by lee_milky | 2007-10-11 23:03 | -生き残った者の悲しみ

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)第13・14.15・16話

地方の縫製工場に潜伏したララは、そこで知り合った苦学生に、昼休みを利用して勉強を教えはじめる。
しかし、ララの素性がばれてしまうことをおそれた同志から、勉強を教えるのを辞めるように指示される。
一旦は、抵抗を試みたララだったが、結局、従うことに。
ララは、社会の底辺に置かれている人に勉強を教えることも、立派な社会運動だと思っただろう。
しかし、組織に入っている以上、自分の意に沿わないことにも従わなければならない。

私が、職場の労働組合に入るのをかたくなに拒んだのは、なぜだったか、20年以上も経った今では、自分でも説明がつかない。
でも、理由のひとつに、自由を求めるために、労組に入って戦っても、その戦いの過程で、組織に自由を束縛されることを嫌ったことがあったのは間違いない。

新任の頃、ほぼ100%の職員が労組に入っている環境の中で、それを拒むには、強い意志と努力を要した。
私は、労組への加入の勧誘から我が身を守るため、次第に、論点のねじれや矛盾を見つけ、組織そのものや社会運動を小馬鹿にする道を覚えた。
うっかり加入してしまえば、あっという間に、抜き差しならないところにまで行きついてしまいそうで、そんな自分自身が恐くて、私は、執拗なオルグから身を守るのに必死だったのだ。
そう思ったのは、社会運動に関心があったからではなく、何にでも瞬時にのぼせてしまう気性を自覚していたからだ。

だから、このドラマの前半では、ララに共感することができなかった。
若さ故の幼稚さや、ブルジョアジーであるが故の甘さばかりが目についた。

しかし、ララが、ついに行き倒れ、寒さと飢えのために死んでしまった時、自分の中に衝撃が走った。
ララが、学生運動のために命を落とすことは、はじめから分かっていたが、まさか、彼女が、このようにひっそりと死んでいくとは夢想だにしていなかったから。
純粋で、美しかった彼女が、なぜ、こんな死に方をしなければならなかったのだろう。

彼女の死の意味を考えながら、私は、憑き物が落ちたように、これまでの恨みが晴れていくのを感じた。
私の身の回りに居る、運動のために学生生活をふいにした人にも、理解の眼差しをむけられるようになったし、職場で受けたオルグ活動のための嫌がらせのことは、もう水に流し、忘れようと思うことができた。
このドラマは、そんなことを視聴者に伝えたかったのではないだろう。
でも、ララの死が、もしかしたら、私の、これからの人生を変えてくれるかも知れない。

それにしても、このドラマは、本当に良くできたドラマだったと思う。
構築されたシナリオ、ティディと10年後のチャミョンが、共に徐々に年齢を重ねて行く様を無理なく表現したメイク等、どれをとっても、いかにこのドラマが丁寧に作られたかが分かる。

このドラマは、チャミョンやララのような経験を持った人が作ったのではないかと思う。
それほど、このドラマは、大切に大切に作られた感じがした。
作り手の愛情をたっぷり受けて作られたドラマは、一視聴者である私にもやはりたっぷりの愛情を注いでくれた。
チャミョンの生き方や言葉は、これからの私の生きる指針となり、糧となるだろう。
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by lee_milky | 2007-10-11 23:02 | -生き残った者の悲しみ | Comments(7)

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)第9・10.11・12話

不倫相手との恋が実らず、父親のない子を産んだティディ。
そのティディに、チャミョンはプロポーズするのですが、「あなたは、愛する方法を知らない。このままでいましょう。その方がいい。」と断られます。
そして、チャミョンは、「愛する方法が分からなかったから、ララに何もしてやれなかったのと同じようにティディにも何も説明できなかった。」と綴ります。
予告編で、チャミョンはティディによって愛し方を学ぶとあったので、=ティディと恋愛するからと思っていたのですが、そうではなく、こういう形で、徐々に愛する方法を知っていくということなのでしょうか。

「愛する方法」について、私なりに考えてみました。
第7話あたりだったか、ララの学生運動の仲間が、チャミョンに「なぜ一緒に活動しないの?恋人が活動していると影響される女性は多いけど、男性は違うんだな。」というシーンがあるのですが、私は、それを聞いて、学生時代の友人のことを思い出しました。
以前、私達の学生時代は、ララと同じ1980年代だけど、日本では、既に学生運動はなかったと書きました。
でも、ごく一部ですが、未だ学内には、学生運動をしているグループもありました。
その内の一つで、私のごく親しい友人が活動していました。
活動をはじめたばかりの頃、彼女は、熱に浮かされたように、私達に成田で座り込みをしたこと、卵を大量に持っていき、機動隊めがけて投げたことなどを話していたのですが、彼女の言う「ダンコク」という言葉に驚いてしまいました。
「ダンコク?。。。。もしかして、弾劾(ダンガイ)のこと?」
彼女は弾劾の文字も読めないのに、「ダンコクや!!ダンコクや!!」と叫んでいるのです。
学生運動などに何の興味もないのに、彼女が憧れている寮長の影響で、彼女が活動をはじめたのは明らかでした。
「あの寮長が、もし右翼だったら、彼女は右傾化したのだろうか?」と、当時の私は思ったものでした。

このように、女性は男性の生き方に影響されるものなのでしょう。
では、なぜララは、チャミョンの生き方に影響されなかったのか?
それは、チャミョンが優しく冷静過ぎたからではないでしょうか。

大学を休学し、地方の工場に潜入したララを訪ねた時、チャミョンは、ララを安宿に連れて行き、一夜を共にしますが、そこでも、彼は紳士的すぎました。
もし、あの時、チャミョンとララが結ばれていたら、ララは命を落とさなくて済んだかも知れません。
愛を成就させるためには、人は、時として理性をかなぐり捨てなければならないのではないでしょうか。

私は、最近、このドラマは究極の純愛ドラマだと感じています。
親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ち、そして、姉弟愛、夫婦愛、勿論、若い男女の恋愛も。
そのどれもが、はかなくも美しいです。
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by lee_milky | 2007-10-09 23:22 | -生き残った者の悲しみ | Comments(2)

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)第7・8話

給食費の未払いにネグレクト。
ここ数年、マスコミが騒いでいる教育問題。
しかし、そんな問題は、私が教育現場に飛び込んだ20数年前から幾つもあった。

就職して2年目、私は、O君の担任になった。
O君は、1歳年上の姉、1歳年下の弟との3人兄姉。
姉は、不純異性交遊が主な原因で、施設に収監されていたため、母と弟と彼との3人家族だった。

彼も弟も小学校時代から、怠学のための不登校になっていた。
担任になって以来、毎日のように家庭訪問を試みたが、兄弟は、一向に登校する気配が無く、行き詰まり感があった。
そこで、「全員で修学旅行に行こう。」とテーマに、O君を中心に据えた班編制を行うことにした。
班編成会議の中で、クラス委員をしていたN君が、班長のY君と共に協力を申し出てくれた。
班替えの翌朝から、彼らは、早速行動を開始してくれた。
毎朝、彼ら二人とMさん、Oさんの四人でO君を迎えに行ってくれる。
給食に、ゼリーやケーキなどのおやつがついた日は、「今日は、O君に給食を届けますから、先生は、おやつを食べないで、O君の弟に分けてあげて下さい。」と、私に言いに来た。
雨の日も雪の日も、彼らは、O君のことを忘れなかった。
その甲斐あって、O君は、修学旅行に行く準備を始め、週に何日かは、登校するようになった。

でも、彼は、やはり修学旅行には参加することができなかった。
当日の朝、私は、彼を迎えに出かけた。
彼は、制服に着替え、大きな旅行バックを持って、階段に腰掛けていたけれど、母親は、絶対に行かせないと言う。
その時の、彼の大きく潤んだ瞳が今も忘れられない。

彼の参加を諦めて、駅に向かい、彼の班の子供達にそのことを告げると、N君達の怒りが爆発した。
どうしてO君がこんな目に遭わなければならないのか?
O君のお母さんは、ひどすぎる!!
家のお母さんなら、こんなことは絶対しない。

彼らが毎朝、迎えに行くと、一家は未だ寝ている状態で、彼らの声で目覚めた母親が、O君に悪口雑言を浴びせながら、足で蹴って起こそうとするのだそうだ。

でも、興奮する彼らに対して、私の口をついて出た言葉はこうだった。
O君のお母さんは、どんな環境で育ったのだろう。
あなたのお母さんと同じような環境だっただろうか。

どんな母親でもO君にとっては大切な母親。
その母親のことをせっかく友達になった彼らに悪く言われたら、O君はどんな気持ちになるだろうか。
若い私は、そう思い、こんなことを言ったのだった。。


チャミョンが、母親を頼って、帰省した時、私は、不意にO君のことを思い出した。
酔ったチャミョンは、母親に言う。
「どうして僕を待ってくれないの?」
「誰も居ない家に帰りたくなかったんだ。」

誰も居ない家に帰りたくなかったから。。。
そう言って、ティディは過ちを繰り返していた。
平凡に過ごしたいと言いながら、自堕落になっていくティディ。
そんな彼女に腹立たしさを覚えた。
彼女に振り回されるチャミョン。
彼女は、時代に翻弄された彼を温かく迎え入れる存在でなければならなかったのに。

でも、チャミョンが母親を頼ることで、自分を取り戻した瞬間、ティディを責められる者は、誰も居ないことに気付かされた。
彼女とO君の母親が私の中で重なり合う。。

そして、次の瞬間、こんなことを考えた。
毎年100件以上ものオファーがあるというビョンホンシの作品選びには、このドラマの出演経験が影響していないだろうか。
興行的に当たるか当たらないかというより、その映画のメッセージ性や監督のコンセプトを大切にしているビョンホンシ。
若いうちに、こんなドラマに出てしまったら、そうなるのは必然のような気がした。
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by lee_milky | 2007-10-08 18:11 | -生き残った者の悲しみ | Comments(2)

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)4・5・6話

ビョンホンシの夢を見ました。
これで、2度目。
初めて見た夢は、カードになったビョンホンシが、カードマジックみたいにピュンピュン飛ぶ夢^^;
これって、ビョンホンシの夢を見たというのだろうか?
カードマジックの夢を見たけど、そのカードの画像がビョンホンシだった。。。と言い換えた方が良いかもしれません。

それに比べ、今回の夢は、ちゃんと立体的になったビョンホンシで、話もしてました。

が、しか~し。
全く色気のない夢でございました。
ビョンホンシは、白いスーツに赤いラメの蝶ネクタイをして、あのビョンホンシ似という噂のアナウンサーの方(お名前を忘れてしまいましたが、最近、ご結婚された方です。)と、漫才をしていらっしゃいました^^;
そして、私はと言えば、そんなビョンホンシでも、「やっぱり素敵♡キャ~~~♡♡♡」なんて言いたいのに、なぜか、周りの座席に(どうやら、アリーナツアーの夢だったらしい)職場の同僚や生徒が居て、その目を気にして、大人しくしている。。。という設定でした^^;

結果、ビョンホンシの夢を見ても、嬉しくとも何ともございませんでした。
ホント、ブログネタになるだけだった。
次回は、艶~な夢が見たいです♡

それでは、本題です。
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by lee_milky | 2007-10-08 00:39 | -生き残った者の悲しみ | Comments(4)

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)第2・3話

昨夜は、娘と一緒にまたまたカラオケに行きました^^
今度は、先日行ったところと違うカラオケボックスに行ったので、「Tears(ティオス)」を歌っても、ビョンホンシは出てきませんでした。
だから、見とれることなく、全編熱唱(^_^;)
それなのに、点数は88点^^;
今回の方がうまく歌えたんだけどなぁ~(T_T)
でも、こちらのカラオケは童謡の時も採点されるシステムになっていたから、「반달(パンダル)半月」と「母を訪ねて三千里 ※日本のアニメソングです。」で、95点を出して、今回は私の勝ちでした(^_^)v

そうそう、「마지막 사랑을 위하여(最後の愛のために)」は、せっかく練習したのに入っていなくて残念でしたが、別のデュエット曲が入っていました。
박소현(パク・ソヒョン)さんという方とのデュエットで 「둘만의 사랑(トゥルマネ サラン)※2人だけの愛とでも訳すのでしょうか?」という曲です。
どなたか、この曲の情報をご存じの方、いらっしゃいますか?

それでは、本題です。
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by lee_milky | 2007-10-07 00:15 | -生き残った者の悲しみ | Comments(6)

살아남은 자의 슬픔(生き残った者の悲しみ)第1話

随分以前に頂いていたこのDVDを未だ観ていなかったのは、本来、連続ドラマを観るのが苦手だからだけではなく、タイトルが悲しすぎたからでした。
でも、「太陽が昇る日」を観始めて、DVD視聴の習慣がついたので、この習慣がまた無くならないように、手持ちのDVDを引き続き観ることにしました。
それでも、大概のドラマは、第1話はあまり面白くないので、今夜は、あまり期待せずに観始めました。

ところが、オープニングから、このドラマに引き込まれていきました。

イ・チャミョン役のビョンホンシは、法科の大学2年生。
時は、1980年代。
キャンパスのそこかしこにビラが貼られ、学生は学生運動を激しく展開します。
チャミョンは、学生運動のサークルに一応籍を置きながらも、当時の学生には珍しく、沈黙を守り、学業を第一義としており、サークル仲間からは、静かな男、おまけなどと呼ばれています。
未だ、先を観なければ分かりませんが、彼の家庭環境が彼をして、そうさせているのでしょう。

そのチャンミが腰掛けで入っているサークルに、英文科の新入生ララが入部し、二人は急速に接近します。
ところが、ララは、学生運動のために後に命を落とすようです。

傷心のチャンミは、大学を休学し、兵役に就いたあと、大学に復学。
時は、既に1990年代に突入しています。
大学4年生になったチャミョンは、ララの生と死を見つめ直すため、下宿の狭い部屋で、原稿用紙に向かいます。
その下宿には、モデルのディディも住んでいて、チャミョンは後に彼女から、人の愛し方を学び、それこそが、このドラマのテーマなのだそうです。

1990年代の今を生きるチャミョンと彼が原稿用紙にしたためる1980年代の彼がこのひとつのドラマの中で交錯するしゃれた作りのドラマです。

予告編で、ビョンホンシが言います。
「激動の80年代、混沌と喪失感の90年代、異なる二つの時代を感じて下さい。」

予告編のビョンホンシは、まだまだ若く、まるで「太陽が昇る日」の中盤の(決してはじめの方ではありません^^;)ヒョンマンのようです。
ところが、1990年代の苦悩するチャンミには、もはや、1980年代のチャミョンやヒョンマンの面影はありません。

ビョンホンシ、デビュー3年目にして、正真正銘の主役、しかも、このぞっとする程の演技力です。
このドラマ、今まで観ないでいたのが悔やまれるほどです。
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by lee_milky | 2007-10-05 01:20 | -生き残った者の悲しみ | Comments(6)