RGBとCMYの不思議な関係

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韓国語講座

夫と観たバンジー

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by lee_milky | 2009-05-26 20:52 | +バンジージャンプする

夫と観たバンジー

今夜は夫と共にバンジージャンプを観ました。
「ビョンホンの映画でラブロマンス無い?」と言われたのですが、これしか思い浮かばなかった。

私は、この映画初めは苦手だったけど、見る度に好きになってきて、今ではビョンホンシが最も好きだという由縁も分かってきたような気がします。
でも、見終わった夫がひと言。
「意味が分からん。」

夫が観ていない映画は、「ランナウェイ」「彼らだけの世界」「CUT」だけになりました。
ホラーは絶対嫌だと言うので、もう見せる映画がありません。
ドラマは「美日々」と「オールイン」と「遠い路」以外は観ていませんが、ドラマは長いから続かない気がします。

ドラマと言えば、昨日、「別れの来ない朝」を見始めました。
私が未だ観ていないビョンホン作品はこのドラマと中断している「あの野菊の如く」です。

プレミアム試写会、いよいよ明日になりましたね。
チケット、ゲットされた方、出待ちされる方、楽しんできて下さいね。
ビョンホンシ、もう東京かな?
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by lee_milky | 2009-05-26 20:49 | +バンジージャンプする | Comments(0)

번지점프를하다(バンジージャンプする)韓国語講座

今日は、번지점프를하다(バンジージャンプする)関連で、久々の「韓国語講座」レビューを書きたいと思います。

まずは、イヌとテヒが山登りしたあと食事するシーンでテヒが国文科のイヌにしたこの質問です。

젓가락은 「ㅅ」 받침이잖아.
箸はパッチムが「ㅅ」 じゃない。

젓가락=箸ㅅ가락〔チョッカラク〕(名詞):箸 ※縮約形젓갈
은〔ウン〕(助詞):~は 子音で終わる主格につく ※母音で終わる主格のときは、는
ㅅ〔シオッ〕(名詞):ハングル子音字母の一つ
받침〔パッチム〕(名詞):2ハングルで終声字
이(다)(3)〔イダ〕(指定詞):~だ ~である
잖아(요):~じゃない(ですか)? ※지 않다の縮約形

근데,숟가락은 왜 「ㄷ」 받침이야?
ところが、スプーンはパッチムが「ㄷ」 でしょ?
근데〔クンデ〕(副詞):ところで ところが さて ※그런데の縮約形
숟가락〔スッカラク〕Ⅰ(名詞):さじ スプーン Ⅱ固有数詞につく助数詞:~さじ ※縮約形숟갈
왜(3)〔ウェー〕(副詞):なぜ 何ゆえ どうして なんで
ㄷ〔チグッ〕(名詞):ハングル子音字母の一つ
야〔ヤ〕(語尾):~だ ~か

この部分、映画を観た時には、どんな質問なのか、さっぱり分からなかったのですが、今回、DVDの字幕「チョッカラ(箸)のッは「ㅅ」 スッカラのッは「ㄷ」を使うでしょ?」を読んだら、理解できました。
映画では字幕が違っていたのでしょうか?

テヒは「同じッなら、スッカラも「ㅅ」に統一すればよかったのに「ㄷ」を使うのはスッカラしか無いし。」と続けます。
辞書で調べてみると、確かに「ㄷ」を使うのはスッカラの関連語句しかありませんでした。

これに対して、イヌが「あるよ、スッカルが。」と言うのを字幕では、「さじ」と訳していましたが、スッカルとはスッカラの縮約形の숟갈だったのですね。
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by lee_milky | 2008-02-17 00:52 | +バンジージャンプする | Comments(0)

번지점프를하다(バンジージャンプする)

娘が昨日の早朝から修学旅行に出かけて留守です。
だから、昨日は夫と二人で出かけました。
姑の病院に昼と晩ご飯を食べさせに行ったり、親戚の見舞いに行ったり、灯油や食料の買い出しに行ったりと、遊ぶ時間はほとんどありませんでしたが、それでも、車で移動する間、色々なことを話しました。

その話題の一つが「ねじまき鳥クロニクル」をはじめとする村上春樹の小説の話でした。
この本が、あまりにも重かったので、私は村上春樹の小説を続けて読むことができず、今は軽い短編小説を読んでいますが、夫は立て続けに村上春樹の本を読んでいて、もう4冊目に入っています。

彼も、これらの小説を読んでから、見えない世界のことが少し信じられるようになったそうです。
そして、姑の入院する脳神経外科の患者さん達を見ていると、私達健常者には、患者さんの意識がはっきりしている時とそうでない時があるように感じるけれど、実は、村上春樹の描く世界のように、こちら側とあちら側を行きつ戻りつしているのかもしれないと思う時があるそうです。

私は、彼の話を聞きながら、週に一度だけ美術の授業で出会う「しょうがい児」学級の生徒のことや「バンジージャンプする」のことを考えていました。

「バンジージャンプする」は、もう3年も前の5月に観ました。
その時は、全然好きになれませんでしたが、ビョンホン映画といえど、好きなものも嫌いなものもあるさと思っていました。

ところが、ある時から、「バンジー」が好きになりたいと思うようになりました。
きっかけは、あるお仲間さんから、「ビョンホンシが好きだというこの映画を、ミルキーさんにも是非好きになって欲しい。」と、DVDが送られてきたことでした。
大きな声では言えませんが、コピーはよくいただくのですが、オリジナルを頂いたのは初めてだったので、正直驚きました。
勿論、送って下さった方は、それっきり、もう観ましたかとも、感想はどうでしたかとも一切聞かれませんが、自分の中で、なんとなく「次回観たら、好きにならなくては。」というプレッシャーが芽生えました。
ビョンホンシも好きで、何と言っても、韓国では、今もファンが発起人となって毎年上映されている映画です。

だから、かえって、このDVDを観るのが怖くて、昨日まで封印していました。

今回、前回にはみつけられなかった発見や、前回抱いたマイナスイメージが全く異なる印象になったシーンが沢山ありました。
その最大の部分は、ラストシーンです。
私は、前回、イヌとヒョンビンは自殺したのだと思いいっていましたが、そうではなく、イヌとテヒが一緒にバンジージャンプをする。。。ただそれだけだと思いました。
山に登った時、テヒは、確かに「バンジージャンプは死なないのよ。」と言ったのですから。
だから、彼らは一緒にバンジージャンプをし、一緒に生きるのだと思います。
ただその生きる場所が、どこなのかが観る者に判断がつかないだけで。

また、前回は、ヒョンビンが前世のことに気付いてからの描写が足りないように思いましたが、今回は、なぜ、そう思ったのか分かりませんでした。
もし、そこをくどくど描いたら、それこそ、この映画は、「同性愛」を描いたものになってしまうでしょう。

イヌが高校を追われる時、イヌを慕う教え子と共に、イヌの背中を見送りながら、純愛とは、辛く悲しく、周りの人を不幸にするものだと思いました。


結局、私は、この映画を好きになることができたのでしょうか?
正直、未だ分かりません。
ヒョンビンの彼女に辛く当たったり、ヒョンビンを折檻したりするシーンは、未だに耐え難く、観るのがいやです。
それは、私がイヌと同じ職業だからでしょうか?

でも、イヌが「テヒ、君はどうして分からないの?」とヒョンビンに詰め寄るシーンから、ラストまで、ずっと泣き通しで観、また観たいと思ったのは確かです。
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by lee_milky | 2008-02-13 00:27 | +バンジージャンプする | Comments(9)