<昨夜、途中まで書いて誤って公開してしまったので、今日、記事を追記しました。
ネタバレがありますので、ご注意ください。 1.27>浅田次郎著「蒼穹の昴」を読みました。
以前、私が「奴奴奴」の予習のために読んだ浅田次郎の「中原の虹」はシリーズものになっていて、「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」「マンチュリアン・リポート」の順に書かれたそうです。
「中原の虹」もスケールが壮大で面白かったのですが、「蒼穹の昴」は面白いだけでなく、メッセージ性が強くて、人間の生について深く考えさせられました。
順番は逆になってしまったけれど、先に「中原の虹」を読んでおいて正解だったかもしれません。
この「蒼穹の昴」は日中合作ドラマになって、今、放映中だそうですが、ドラマを観る前に原作を読んでいた人にとっては、物足りない内容だそうです。
あれほど感動しながら読んだ「中原の虹」も「蒼穹の昴」を先に読んでいたなら、物足りなさを感じていたかも。
また、中原の虹に登場した歴史上の人物の生い立ちを遡って知ることが出来たのも、なかなか興味深かったです。
この本を読んで、湧き起こるような強いメッセージの表出の結果、具現化されるものが表現なのだと、改めて思いました。
職業柄、私自身、このことを忘れてはならないと思ったし、ビョンホンシにもそういう視点での作品選びをして欲しいものです。
この小説の主人公は、宦官(かんがん)の春児(チュンル)こと李春雲(りしゅんうん)。
彼は、「中原の虹」で張作霖の手下である李春雷(りちゅんれい)の実の弟。
宦官とは去勢された男性のことで、古代エジプトやアッシリア、ペルシャ帝国といったオリエント諸国や中国、朝鮮、ベトナムなどに実在した後宮に仕える奴隷です。
王や皇帝などの后妃が住まう場所である後宮は、王や皇帝の勢力が強ければ強いほど、そこに住む后妃の数も多くなり、それに従って、後宮内のもめ事は、女手では解決できなほど発展していきました。
しかし、男を後宮に住まわせたのでは、大切な后妃と密通する可能性があるので、男性の捕虜や犯罪者を去勢し、その任を任せたのが始まりです。
しかし、中国では、次第にその権力が強まったため、後世には、出世のために自宮する者が出てきました。
春児はそのような一人であったわけです。
春児が宦官になったきっかけは、白太太という老婆に告げられた「汝の守護星は胡の星、昴。汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう。」という予言でした。
しかし、物語の後半、その予言の裏に隠された真実が春児自らの口から飛び出します。
白太太は、いかなる権力者にも真実しか占わなかったため、都を追われますが、最悪の星の下に生まれた春児にだけは、どうしても本当のことが言えず、嘘を予言します。
春児は、その嘘を信じて突き進んでいるかのように見えますが、実は、その言葉が白太太の施しであったことに気づいていました。
しかし、春児は自ら嘘と見破ったその自分の星、昴を信じて、努力に努力を重ね、ついには嘘の予言を本当のものにしてしまったのでした。
このことを通して、「幸運は自らの手でつかむもの。」だと改めて思いました。
宦官は去勢されたことによって、心身共に女性化し、自分の損得しか考えず、猜疑心の強い者が多かったそうですが、小説の中の春児は、あくまでも公正で、自分の利益は全て貧しい人々に分け与えました。
浅田次郎はこの小説の中で春児をキリストにたとえているように、この春児の姿を通して、人間の尊厳とは何かを能弁に語っています。
一つ一つ例を挙げれば、枚挙にいとまがありませんが、この小説にはこうした人としての有り様を考えさせてくれる逸話がいくつも出てきます。
そうした意味でも、この小説は珠玉の一冊ということができると思います。
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