RGBとCMYの不思議な関係

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10年後

数日前から話題になっていたこの記事、今日になって一部が日本語でアップされました。→

「10年後も走り続けたい」ビョンホンシ。
「10年後、私は何をしているだろう。」
そんなことを考えました。
未だ、ビョンホンシを追いかけて馬鹿やってるのかな?

さて、アイ・カムですが、ミルキー地方ついに今週の金曜日で上映が終了します。
しかも、現在も午前中に1度と午後の早い時間に1度上映しているだけなので、フルで働いている私は、もう見ることが出来ません。
だから、カルトクイズにも挑戦できず、ファンになってから、未だ一度も日本で大ヒットしたと言えるビョンホン作品に出会ってないので、やっぱりちょっぴり残念です。

3度目、見に行ってから思ったことなのですが、「青いパパイヤ」は、知らず知らずのうちに覗き見の感覚を共有したのですが、「アイ・カム」では、痛みを共有した気がします。
痛いシーンが次から次にあるから、その度に身体が緊張して、痛みを堪える体制に入っていました。
この「共有」感が、二つの映画の共通項かしら?
だから、同じ様な感覚で見終えた?
なんて思いました。

では、まだまだ劇場でご覧になれる方は、是非楽しんできて下さいね。
私は、DVDの発売をおとなしく待つことにします^^
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by lee_milky | 2009-06-30 20:26 | Comments(6)

1Q84(Book1/4月から6月 Book2/7月から9月)

村上春樹作「1Q84」を読みました。
書店に行っても手に入らず、市立図書館に行ったら、予約44人待ちであきらめかけていたら、何とうちの職場の図書館に入ってきて、しかも、「今、試験期間中で貸し出ししてないから、先に読んでも良いですよ。」なんて言ってもらったので、他のどんなことよりも読書を優先してここ数日間を過ごしました^^。
出来れば、夫にも読ませてあげたかったし、私自身、もう一度読み返したかったけど、明日は返さなければならないので我慢です^^;

私は、生来読書好きですが、中でも長編小説を読むのが好きです。
それは、読破するのに、結構な時間がかかるので、その間、ドップリとその小説に浸かっていられる感覚が好きだからです。
心おきなく、その小説の中の世界を生きることが出来るからと言っても良いかもしれません。
それに比べ、短編小説はあっという間に読み終えてしまうので、そこまで感情移入することが難しいのです。
しかし、読み始めからグイグイ引き込まれる心地よい感覚は、これまで短編でしか味わったことがありませんでした。
長編は、読み始めてしばらくは我慢が必要です。
ところが、この「1Q84」に関しては、もう、のっけからこれでもかっというくらい引き込まれました。
これは、もしかしたら、「ねじまき鳥クロニクル」「約束された場所で」を読んでいたことがこの小説の予習になったからかもしれません。
また、予習というかバイパス学習というか、この本を読みながら、度々「アイ・カム・ウイズ・ザ・レイン」を思い出し、時には混同しながら読んでいました。
初めは、共通する「汚染」というキーワードや宗教がらみのストーリーに惑わされたからかと思っていましたが、物語が終盤に近づくに従って、自分自身がこの二つの作品の中に独自に共通項を感じていることが分かってきました。

その共通項とは「オートマティスム」です。
私が、「アイ・カム・ウイズ・ザ・レイン」にそれを感じたきっかけは、シアターカルチャーマガジン「T」の中でビョンホンシが語ったドンポとリリの生い立ちです。
二人の生い立ちや馴れ初めをビョンホンシが質問し、それにトラン・アン・ユン監督が答える様は容易に想像がつきます。
監督の説明を聞き、それを自分なりに消化して、ビョンホンシは演じたのでしょう。
でも、私にはドンポとリリが共に孤児院で育った幼なじみであることやドンポが初めて殺人を犯したときリリが側にいる必然性が理解できませんでした。
それは、まるでとってつけたようで、ビョンホンシが質問したからそう答えたのであって、ビョンホンシの質問がなければ、ドンポとリリに過去や因縁や理屈など存在しなかったのではないかと思われたのです。
時を同じくして、お仲間さんから、ドンポが部下を金槌でめった打ちにするシーンは、かってネットで流れたイラクの捕虜たちを収容していた監獄(アブレイク刑務所)でアメリカ兵が彼らの頭に袋をかぶせて拷問しているシーンが強く印象に残っていたからというのを聞き、更に他のブログで、「ドンポの非情冷酷さの表現方法として『動物と傷つける』表現はあまりにも安易すぎる。」というのを目にして、監督は過去強烈に脳裏に焼き付いた記憶をきっかけにしてイメージを膨らませる自動記述法によってストーリーを構築しているのかもしれないと考えたわけです。
ブルトンは1924年のシュルレアリスム宣言のなかで、無意識のうちにつくりだされた詩や絵画にこそ、美学的、道徳的ないっさいの先入観を離れた真の思考が展開されることを唱え、画家、ミロの絵画こそオートマティスムによるシュルレアリスムの芸術だと確信します。
一方、ミロはブルトンとは付かず離れずの関係を保ちながらも、自分の作品について、「芸術のきっかけは、ありとあらゆるところにある。それが、例えキャンバスに付いたシミであったりヒビであったりというただの偶然であっても、次第にそれは意味づけられ、まるで初めからそれが必然であったかのようだ。」と解説しています。

つまり、「アイ・カム・ウイズ・ザ・レイン」を撮ったトラン・アン・ユン監督にとってのきっかけは、「ひとの子」であり「拷問シーン」であり「動物虐待」だったのでしょう。
そして、「1Q84」を書いた村上春樹氏にとってのきっかけは「アンダーグラウンド」や「約束された場所で」執筆のために向き合った「オウム真理教」なのだろうと思います。

何かをきっかけに思いついたことを表すことの楽しさは、何ものにもかえられません。
トラン・アン・ユン監督も村上春樹氏もどんなにか楽しかったことでしょう。
その楽しさが、作品に勢いを生み、私達を引き込んでいくのでしょう。
なぜ?なに?は後回しにして、まずは楽しむことこそ作品鑑賞の醍醐味の様な気がします。

それにしても「汚染」という符号の一致は何を意味しているのでしょうか?
二人の間にそのような会話があったのでしょうか。
それとも時代はその方向に確実に進んでいるということでしょうか。
「戦争」から「汚染」へ。
村上春樹氏のメッセージは、今回「戦争」を内包するより大きな問題へと一歩進んだのかもしれません。
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by lee_milky | 2009-06-29 00:52 | Book Review | Comments(0)

ソマリア紀行に思う

昨夜、「KBS 스페셜 인간의 땅 (KBS スペシャル人間の地) 」を観たからか、TWIN X CFソマリア編が見たくなり、あちこち探していました。
「ネオンの中へ陽が沈む」のDVDは持っているのですが、長いドラマの中から、一瞬のCFを探すのは骨が折れるので、以前保存したはずのCDを探したり、ネットをウロウロしたりして、やっとみつけることが出来ました。

昨日のナレーションの話に戻すと、彼の名優宇野重吉さんの言葉に「思えば出る。」というのがあって、私は、朗読の指導をするとき、いつもこの言葉を念頭に置いています。
座右の銘と言っても良いかもしれません。
息子の寺尾聡さんは「芝居のテクニックとしてではなく、人としてどう生きるかという問題としてとらえたときに、その言葉の意味がわかる。」と言われたそうです。
ビョンホンシの生き様があのナレーションに出たのだと改めて思いました。

ビョンホンシ ソマリア紀行
 SBS「愛の香り」と KBS 青春ドラマ 「明日は愛」の撮影で忙しい日程の中で、一生懸命勉強したおかげで、中央大学校演劇映画科大学院に進学することができた私は、その喜びが消える前にまた一つの嬉しい知らせを聞いた。これまで一度も外国に行く機会がなかったが、ツインXの第3弾CF撮影を外国でしなければならないから、早くビザを準備しなさいと連絡を受けたのだ。撮影場所もめったに行くことができないアフリカ大陸の中部に位置したケニアだった。その上、話に聞いていたソマリア接境地帯にある難民村という話に、難民に対する好奇心と内戦中の国に行くという緊張感に出発前日まで眠ることができなかった。香港・インド経由ナイロビ行きで、難民村に発つ待望の7月5日は夜明けまでまともに眠りが成す事ができず、ちょっとだけ眠りに入って朝寝坊した私は少し遅く金浦空港に到着した。先に来たウォンジュンは怒ったような表情で "兄さん、初日からこれでは旅行期間が思いやられるよ。"という脅迫したような発言で遅くなった私をいじめた。しかし、ウォンジュンとの旅行にときめいて寝そびれたのだ。
 一緒に出発する仲間とあいさつを交わして 8時発香港行飛行機に乗った私はウォンジュンとその間過ぎた話を交わしながら浮き立った気持ちを沈めた。香港に到着して次の経由地であるボンベイ行きの飛行機時間までは 4時間位が残っていた。それで私たちは昼食をしてから空港周辺を観光して時間を過ごした。再び飛行機に乗ってインドボンベイに到着した時間は夜 1時。機内では疲れしらずで笑っていたずらをしながら話したウォンジュンと私はホテルに到着するとそのまま眠りに入ってしまった。
ボンベイの夜空を眺める余裕さえなく。6日夜明け、ボンベイを出発したうちの連中は予定時間より 3時間程延着した午後 4時頃になってから熱帯の国 ケニヤの首都ナイロビに到着することができた。そしてそこで私たちはあらかじめCF撮影場所を確保するために出発した撮影チームと合流した。

ナイロビからダダブナンミンチォンまで
 ナイロビに到着するやいなや意図しない問題が発生した。元々うちの撮影チームが宿で決めたのは難民村で二日間その所に泊まって撮影をする計画だった。ところが難民村はナイロビで2時間位飛行機に乗って行くほどにとても遠く、また難民たちに品物を奪われる危険性が高いという現地人の忠告で日帰りに日程を変えるしかなかった。これにより私たちは翌日夜明けのうちに起きて撮影装備と荷物をまとめて空港に向けなければならなかった。6時頃到着した空港には私たちが金浦空港で見ている大きい飛行機ではない小さな小型飛行機たちが列をなして置かれていた。その飛行機を見て私たちが不思議に思うと、現地案内者は空港大部分の飛行機がソ連で亡命した人々が乗って来た飛行機で 2人乗, 6人乗, 15人乗など小型が大部分だと説明してくれた。なかでも私たちの乗った飛行機はそれでもその所空港で一番大きい 36人乗だった。うちの撮影チームの最終目的地と同時に撮影場であるダダブナンミンチォンは西欧列強が子午線に沿って国境を分けておいたケニアとソマリアの国境線に位置した所でUN HCR(国際難民を助ける機構)の傘下に属した難民キャンプだった。そこまで私たち撮影チームを案内した現地人の一人はギムフンググという方だった。撮影監督の言葉を借りれば、去年初旬までツインX広告会社で働いている途中、去年中旬から国際飢餓対策本部奉仕団の一員でこちらへ来て救護物資をケニアで難民村に伝達する事をしていらっしゃる方だということだ。

難民村で一日の間ボランティア
 直ちにウォンジュンと私はキャンプ内にある病院を訪問して疾病治療を受けている子供たちを面倒を見始めた。初めはこれが単純に CF撮影のための一つのショーという気がしてすまない心だけだった。しかし時間が経つほど、挫いている飢えた四歳くらいの子供のか細い姿を見ながら難民村人たちの生活をまた思うようになった。また子供がまともに食べることができなくて餓え、病気になってもなすすべのない母親の切ない姿は今も頭の中に鮮やかに残っている。横で看病したウォンジュンと私はこののような心情で目頭を赤くした。鼻に呼吸器をつけている二歳もまだならない子供のやや小い手を握って、こんなに難しく生命を延ばす子供達がキャンプの中に多いことを悲しむしかなかった。昼休みになっても食事をすることができなかった。UNを通じて配給される救護物資で、生命をつなぐ難民の前でご飯を食べることがまるで大きい罪を犯すような気がしたからだった。こちらに居る 4万から 5万名余にもなる難民たちが大部分そのように暮しているというギムフンググさんの言葉に、私たちは今尚、このような場所があるのだと実感した。そして、撮影を終えて帰って来る機内で、私がどんなに愚かな考えを持っていたのか後悔ばかりした。飢えることについて単純に好奇心しかなかった自分自身が倭小に感じられるだけだった。
 そこでの短い日程を終えて、私は再び忙しい現実に帰って来たが、ダダブナンミンチォン病院で会った子供の痛々しい目つきだけは一生忘れることができないだろう。
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by lee_milky | 2009-06-23 00:19 | CF | Comments(8)

KBS 스페셜 인간의 땅 (KBS スペシャル人間の地)

無事、ビョンホンシのナレーションを聞くことが出来ました。
今日は、昼はヒップコリアをじっくり見て、夜はこのナレーションを聞いて、久々に「ビョンホンシはすごい!!」と掛け値無しに思いました。

ヒップコリアについては、いずれゆっくり記事にしようと思っていますが、とにかく、このナレーションは良かったですよね。
以前、韓国国政広報のナレーションをしていましたが、その時とは全く違うのね。
その番組にあわせたナレーションが出来るのは素敵です。

日本でも、俳優さんがドキュメンタリーのナレーションを務めることがありますが、上手な方とそうでない方がどうしてもある気がします。
私は、ナレーションが耳について番組に入り込めないときが度々あるのです。

今日、この番組を観て、日本語と韓国語は私が思っている以上に似ているのだろうと思いました。
それは、ビョンホンシのナレーションが日本に於けるナレーションのスタンダードセオリーをきちんと踏まえていたから。
ドキュメンタリーのナレーションは今回が初めてのようですが、今後に続くと良いですね。

あ~、これで内容がもっと分かれば、言うこと無いんだけどな^^;
韓国語への道は遠くて険しいニャ~。
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by lee_milky | 2009-06-21 21:50 | Comments(6)

今度はナレーション

ビョンホンシ、21日に放送予定のKBS1ドキュメンタリー番組『人間の地』第1編「生き残った者たち」のナレーションを務めるそうです。→
ある制作関係者が「韓国の俳優の中でもっとも訴求力があり、深みがある声のイ・ビョンホンさんがこのドキュメンタリー番組が伝えたいものをきちんと伝えることがきる、最高のナレーターだと思う」と語ったそうですが、今後、このような機会が増えると良いですね。
ところで、この放送、KBS LIVEで観られるかしら?
観られると良いなぁ。
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by lee_milky | 2009-06-20 02:39 | Comments(2)

GBW日本予告編の是非について

GBW 日本予告編
アイ・カムを見に行くと、GBWの予告編が観られるというダブルチャンスに幸運を感じたmilkyです。
この予告編がbiglobeのサイトで観られるようになって大喜び。
しかも、それをいち早くJOFで紹介なんて嬉しい限り^^

この予告編について、辛口の意見をお持ちのビョンホンファンが多いようですが、私はそうは思いません。
エンディングテーマの選曲と言い、この予告編と言い、日本でどのような年齢層にどのように売ろうとしているのかが明確です。
これまでのビョンホン映画のどのプロモーションより良いと思っているくらいです。

韓国でミツバチちゃんたちに火がついたように、日本でも若い層の人たちが理屈抜きで楽しんでくれることを願っています。
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by lee_milky | 2009-06-18 03:38 | +グッド・バット… | Comments(4)

肉体が感じる

感動としては、美術展に行ったときのように穏やかだったはずなのに、なぜか「アイ・カム」のことが頭から離れません。
すぐにでも映画館に行きたいし、いつでも誰かと語り合っていたい。。。でも、そうできないのが現実です。

トラン・アン・ユン監督の「観ている人の肉体が何かを感じ、それが感情のどこかに訴えかけられる。そのような伝わり方を理想としています。」という言葉にあてられたのでしょうか。

私は、美術の授業に言葉は要らないと思っています。
でも、映画とは異なり、「分かる人には分かる」授業であってはなりません。
でも、だからと言って「誰にでも簡単に分かる」授業はしたくないのです。
自分で考えなければならない授業。。。それを目指しています。
制作を始めたら、作品は生徒のものだから、直接的な指導は一切しません。
だから、私は、説明を聞かなければ分からない生徒のために、補完の手だてとして言葉で説明します。
制作の前や制作の途中に、ものの考え方や画家の姿勢などをずーっと喋ってる。
でも、それは、あくまでも補完であって、説明自体が目的ではないから、分かったかどうかを更に言葉で測る必要は無いのです。
そもそも、言葉に置き換えたからといって、それを言葉で理解する必要もないのだから。
でも、それは、誰にも理解されません。
同業者に相談しても、そんなにこだわらなくても良いのにと言われるばかりです。

さて、今日は職場で「アイ・カム」の話題が出ました。
今週の日曜日に、同僚のご主人のお母さんと妹さんが、韓流好きとキムタクファンなので、「アイ・カム」を親子で観に行った帰りに同僚の家に立ち寄って行かれたそうです。
お母さんは、「今までキムタクは好きじゃなかったけど、この映画のキムタクは良いよ。イ・ビョンホンの演技もすごかったし、私はこれまで観た映画の中で一番良い映画だと思えたけど、あんまり評判は良くないのよ。」と、おっしゃったそうです。
私は、先の監督の言葉を紹介しながら、「日本は過去のお粗末な美術教育のせいでこういう概念は理解されにくいんですよ。」と説明しました。
すると、同僚の言うことには、このお母さん、美容師をされていて、とても前衛的な方なのだそうです。

その話題が出てから、数時間後、今度はひょんなことから、過去の朝鮮人差別のことが話題になりました。
教頭「当時は韓流ブームが到来するなんて思いもよりませんでしたね。韓ドラなんかは、ご覧になりますか。」
私「はい、時には観ます。」(あはは。真っ赤な嘘です^^;メイルンパヨです^^)
ビョン友ちゃん「時には?うそばっかり。」(小声)
教頭「そうですか。私は、家内に付き合って何度か観始めましたが、全話観たのは一つだけです。ほら、数年前にカジノのドラマやってたでしょ。えーっと、なんて言ったかな。。。」
私「オール・インですか?」
教頭「そうそう、オール・イン。あれだけは観ました。あれは、良かったですね。昔の日活映画を思わせました。男は男っていう感じでね。」
ビョン友ちゃん「教頭先生、それは俳優が良かったんですよ。」
教頭「そうそう、あのギャンブラー役が良かったですね。えっと、何という俳優だったかな。」
ビョン友ちゃんと私「・・・」
教頭「えーっと。えーっと。あっ、イー何とかいう人ですよ。ほら。」
私「もしかして、イ・ビョンホンですか。」
教頭「そうそう、そうです。あの人はすごかったですね。」
ビョン友ちゃんと私「^^」
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by lee_milky | 2009-06-16 23:36 | +I come… | Comments(4)

I Come with the Rain.鑑賞2回目

今日、I Come with the Rain.を見てきました。
今回で2度目なので、前回見逃したところや勘違いしてたところにいくつか気づきました。

まずは、冒頭のシーンですが、あの部屋の右側は、ただとり散らかってるだけでなく、アトリエなのですね。
なぜか、前回はその部分の記憶がすっぽり抜けてました。
イライアス・コティーズさんの二役も違ってた。
シタオ父がドンポの家に来ていた白髪の東洋人というのにも無理がある^^;
きっと、もっともっと見逃したことや勘違いしてることが沢山あるのでしょうね。

でも、それで良いのだと思います。
だって、この映画を見て肌でどう感じたかがやはり重要だもの。
1回目の時書いたように、見終わった直後は、とても静かな感動がやって来て、シンプルに好きな映画だと思ったのに、ネットを散歩したら、あまりに評判が悪かったので、色々分析しすぎたきらいがある。

「観ている人の肉体が何かを感じ、それが感情のどこかに訴えかけられる。そのような伝わり方を理想としています。」
今日、パンフレットの監督談のこの部分を読んでハッとしました。
これこそが、私が日々の授業で理想に掲げているもの。
そうね。監督。
この映画を解釈するのに言葉は要らない。
でも、残念だけど、その考えはこの日本では理解されないかもしれない。
私も、それで苦労してるもの。
きっと、日本でなければ理解されるのでしょう。
そう願いたい。

そんな気持ちを引っ提げて映画を見たら、今回の鑑賞後の私の心の動きは、「監督はすごい。」でした。
全てが初めから計算ずくなのが分かったから。
警察でシタオが全身を写されたこともそう。
救世主を名乗る青年が警察署の壁に金色の十字架を描いたのもそう。
あの全身の写真をクラインがアパートの壁に変わった貼り方をしたのを見て、単純にインドネシアの影絵「ワヤン」を思い出してたけど、クラインは東部の無いシタオの傷だらけの写真から、どうしても過去の猟奇的な殺人事件を思い出してしまうのですよね。
それから、あの青年、磔になったシタオの上にも金を振りかけるでしょ?
それで、ラストの部分でクラインがシタオを助けて連れ去ったあと、金粉がかかっていない部分の地面が十字架を描いてるの。
あの青年がやたら金を振りまいたり塗ったりするのはこのためかと最後の最後に思った時、鳥肌が立ちました。

あと、計算ずくなのか、便宜的なのか分からないのは、クラインが警察に立ち寄った時、シタオだけでなくドンポも居合わせたこと。
ひとの子ではドンポに当たる登場人物は居ないのですが、シタオに相当する人物は善であり悪であるから、警察で取り調べを受けてるんですよ。
結局は殺人犯なのだけど。
だから、もしかしてドンポはシタオの分身?なんて思っちゃいましたけど、意外に、あそこで登場させれば、メンジーとドンポの説明が一度に片づくからだったりして^^
そのあたりは、パンフでは分からなかったけど、今日買ってきた「T」を読めば分かるかしら?
次回は「T」を熟読してから観よう。

ところで、今回、キムタクの演技にも慣れました。
私が抵抗あったくらいだから、ファンは大変でしょうね。

ビョンホンシはやっぱり背中で語るよね。
リリが帰ってきた時のドンポの背中、ミンチョルでした~。
あの紫の背中にぞくぞくしたわ。
背中を見せながら、黒いサスペンダーをはずされた日には、もう。。。いや~~~ん♪リリーが羨ましい。
あとね。クラインの台詞に反応したのは「地獄を観た。」でしたね。
あのシーンの表情も良いです。
あのピクッが。。。
G.I.Joeでは細かな演技は要らないと言われたそうですが、ビョンホンシ、意外に監督にも気づかれないところでほんのちょっとしたところで演技してるかも?なんて、あの表情見て思いました。
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by lee_milky | 2009-06-14 21:55 | +I come… | Comments(14)

I Come with the Rain.鑑賞1回目

I Come with the Rain.やっと見てきました。
結論から言うと、私、この映画かなり好きです。
もしかしたら、今まで見た映画の中で最も好きかも。
うん?
「おくりびと」を観たあとにも同じ様なこと言ったかもしれない。
つまりは、私の中で、「おくりびと」を軽~~く越えたって訳。
映画を見終わったあとの感情は「パパイヤの香り」や「夏至」を観た時と同じ、静かで穏やかなんですよね。
なんか、こう身体の中にスーッと入って来たって言うのかな。
まあ、それは、ラストの部分で「結局誰も不幸になってないよね。」って思えたのが大きかったからかもしれませんが。
とにかく、あまりにもなじみすぎて、映画を観ている最中は、ビョンホンシが美しすぎる~とか、演技がすごいとか思ったこと以外はほとんど何も考えずに観ました。
とにかく、理屈抜きに好きでした。

でも、ネットをウロウロしてたら、この映画意味不明みたいなことがあちこちで書かれているので、そんなことは無いと思って、あれこれ考えてみました。
これから、そのことを書こうと思います。
相当色々考えたので、かなり長くなると予想されます。
また、映画を見終えてから数時間経過して、反芻したことに基づいて書きますので、勘違いもあるかもしれません。
でも、今の心境は、語らずにいられないって感じです。
どんなことでも結構ですから、お読みになったら、ひと言コメントをお願いします。
それぞれのI Come with the Rain.を語り合いましょう。

☆☆☆


確か、ビョンホンシは、「トラン・アン・ユン・監督は芸術性の高い映画を作る監督だけど、今回はエンターテイメント性のある作品になっている」といったようなことを、いつか言っていたような気がします。
でも、私は、むしろこれまでに見たこの監督の2作品よりも更に芸術性の高い作品に仕上がっていると思いました。

それは、やはりこの監督特有の絵画的なカメラワークや色使いの美しさに起因しているようです。
とにかく、この映画にはまるで絵画のようなシーンが多かったです。
見慣れた絵画や彫刻や写真を彷彿とさせるシーンも多用されていましたし。
例えば、冒頭の、私立探偵のクラインが刑事だった頃、猟奇的殺人犯のハスフォードの館でクラインがハスフォードに噛みつかれるシーン。
二人を境に、右側はとり散らかっている床が色鮮やかで、逆に左側はグレーだったかホワイトだったかちょっと思い出せないのですが、とにかく無彩色の壁で、その対比がみごとなのですよね。
その有彩色と無彩色の狭間にクラインが倒れていて、その上をハスフォードが押さえ込んでるの。
このセットは、ラスト近くにも出てくるのですが、その時は、白いシャツを着たクラインがグレーの壁の前に座っていて、右手奥に少しだけ派手に散らかった床が見えるのですね。
そして、ついでのようで申し訳ないのですが、クライン刑事のその時の表情が良いんだわ。
なんだか、演技を越えている感じの表情で。
だからなのか、モノクロが連想させるのか、このシーンはロバート・キャパの報道写真を思わせます。

また、誤解を恐れないで書くと、私、ハスフォードが人体で造ったという彫刻に引きつけられました。
なにせ、ロダンのトルソを思わせるオブジェがずらり。
しかも、このオブジェ、アップよりもクラインやハスフォードのバックの片隅にある時にさらになまめかしいような。
もしかしたら、このオブジェのフォルムが先にありきではなく、人物のバックに見えるカオスを表すためにわざわざ造ったの?と考えたほどです。

そして、フィリピンのジャングルの緑の美しいこと。
トラン・アン・ユン監督ここに有りって感じ。
フィリピンがとても美しい国だと勘違いしてしまいそうでした。
クラインはここフィリピンで、ある片目の男と会うのですが、もしかして、この男ってハスフォード役のイライアス・コティーズさんの二役ですか?
クラインに射殺されたハスフォードが生き返ったかと思ったのですが、これは、私の大きな勘違いかもしれません。

次に、舞台は、フィリピンから香港へと移ります。
不可思議なのは、息子を捜してくれと依頼したわりに、常にシタオの居場所を提供するのはシタオの父。
この疑問は映画の中盤で更に次なる疑問へと発展します。
さて、香港に来たクラインは、昔の刑事仲間のジョー・メンジーに会いに行った警察署でス・ドンポとシタオに遭遇します。
このシーンは、この映画製作のきっかけになったといわれているイ・ムニョル著「ひとの子」の冒頭のシーンに酷似しています。
クラインに相当する刑事ナム・ギョンポは、シタオに相当するチョー・ドンパルが小さな暴力事件を犯して警察に連行された時に会っています。
しかし、後にナム・ギョンポが追うことになる殺人事件の容疑者がこのチョー・ドンパルであることは終末になるまでギョンポにも読者にも分かりません。
同じように、クラインも映画の中盤まで自分の探しているシタオに既に会っていたことに気づきません。
私達は、シタオの役所もシタオ役のキムタクもよ~~っく知っているので、この男がシタオであることにはすぐに気づくのですが、キムタクをよく知らない国の方がこの映画を観たら、どうでしょうか。
気づかないかも知れませんよね。
だから、余計にハスフォード=フィリピンの片目の男?と思ったわけです。

このシーンの後だったでしょうか。
ス・ドンポの映像が出てくるのですが、台詞がないせいか、映画と言うより、まるでLBH MEETS LBHのメイキングのようでした。
とにかく、どのビョンホンシも美しかったです。
ところで、このス・ドンポ。
マフィアのボスという設定ですが、「人間」を表しているのではないでしょうか。
勿論、これはシタオ=キリストに対してドンポ=人間という意味ですが。
何故、そう思ったのかというと、リリを人質にして逃げた男を取り逃がした手下を、白い袋に入れて上から金槌でめった打ちにしますよね。
これって、戦争する人間を表してるのじゃないの?と思ったわけです。
それも、刀や鉄砲を持って目の前の相手を倒す昔の戦争でなく、敵の顔が見えない近代的な世界大戦でほとんど無感動のまま殺人を犯す人間のことです。
相手が見えないようにして金槌でめった打ちにする行為は、ナチスドイツがユダヤ人の名前を隠し、ナンバーで呼ぶことによって、殺人の現実味を無くしてガスで大量虐殺した行為にダブります。

また、シタオ=キリストは、映画を観る前からなんとなく分かっていたことだけど、シタオの住みかを突き止めたクラインが「この小屋はホームレスのものではない。ホームレスなら、もっとものが沢山あるはずだ。」と言ったのを聞いて、この小屋は、キリストが生まれた厩だと確信したんです。
そして、この厩でリリはシタオ=キリストを産んだの。
つまり、リリ=マリア。
リリは麻薬中毒で、シタオはそのために自分の身を投げ出してリリを麻薬から救うのだけど、その時のリリの声が出産の時の声そのものなんですよね。
リリの着衣が必要以上にはだけるのもそのためなのじゃないかとも考えました。
果たして、産みの苦しみを経て麻薬から解放されたリリは、自分のために傷ついたシタオを(生み)沐浴させる。
それが、リリが水で濡らした布でシタオの顔や身体を拭くシーン。

キリスト、マリアと来ればヨハネは誰?ってことになるのですが、それはやはりシタオの父。
父は、映画の冒頭で声だけしか出ないのですが、もしかして、中盤でドンポと接見していた東洋人の白髪の男がシタオ父?
これは、この男の台詞を聞いて、そう思ったわけですが、なんと言ったかは、正直全く思い出せません。
でも、確か全ておみとうしな感じがしたのですよね。
それが、シタオの父が捜索を依頼しながらも、情報提供者だったことと繋がったんです。

シタオはドンポに言いますよね。
「あなたのような人は、僕を恐れる。」って。
でも、そのシタオがドンポとも繋がっている人間の父親を慕って、「ファーダー」って呼ぶ。
つまり「ひとの子」なんだなと思いました。

それから、ドンポがシタオに言ったのと同じことをクラインがドンポに言いますね。
そのために、ドンポはクラインにシタオの居所を教えるわけですが、この台詞はすごく意味があると思ったのに、映画を観て数日経過したからか、思い出せません。
<追記>
思い出せなかったドンポとクラインの同じ台詞をコメ欄で教えて頂きました。
「貴方が知らないことを経験している。」
そうです。そうです。
この言葉をクラインが言うのを聞いて、クラインにシタオを助けに行かせるのですよね。
これは、何故なんでしょう。
自分の身代わりとしてクラインを遣わせたのかしら?
つまり、自分自身がシタオを助けたのと同じ?


最後に3人の美しい男に言及したいと思います。
まず、キムタクですが、もっと美しく苦悩する演技をしても良かったのではないかと思いました。
昔、少女マンガで不細工だという設定の女の子を本当に不細工に描く漫画家にはなじめなかったのを思い出しました。
キムタクは、やはりカッコ良いままで良かったのではないかしら。
唯一キムタクがカッコ良いと思えたのは、シタオの捜索のために使った顔写真。
あるシーンでその写真が床に落ちていて、その目がスクリーンのこちら側を観てたんですよね。
それにドキッとしちゃったよ。
キムタクは俳優でなく歌手だから、演技より写真の方が良いのかな。

次にジョシュ・ハートネット。
私、この方、今回の映画のプロモーションで初めて見ました。
映画の彼はプロモーションの時より痩せててカッコ良かったし、最も自然な演技だった気がします。

最後に、我等がビョンホン。
もう、あまりに美しくて、映画を観ながら、何度も監督に感謝しました^^
それに、台詞のない演技はビョンホンシの真骨頂だもんね^^
あの、ちょっとした目の動きとか、涙とか。
いろんな意味で、ビョンホンシのファンで良かったと心から思えた映画でした。

またまた、公私共に忙しくて、2回目は未だ観られませんが、この先、何度も観たいと思っています。
ドンポ、待っててね。
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by lee_milky | 2009-06-13 00:47 | +I come… | Comments(10)

あいつ、相当鍛えてますね

以前として、アイ・カム見てません。
ああ、それなのに~。
今日は、職場で久々にビョン友の同僚と話す時間が取れたら、彼女、「もう、私、やばい。カッコ良すぎる~。」
だって。

あ~ん。
もう、仕事ほっぽり出して、映画館に飛んで行きたかったです~~~。

と、そんな話をしてる時に、体育科の教員が通りがかって、「昨日、スマスマ見ましたよ。あいつ、相当鍛えてますね。」だって。
あいつ呼ばわりは如何なものかとは思いますが、この彼こそ、スポーツで鍛えてカッコ良いのよ。
その彼が、(ビョンホンシは)鍛えてるって言うんだから、嬉しくなっちゃいました。

ところで、今日は、久々に早く帰宅することが出来ました。
バタバタ夕飯の支度をして、洗濯物を片づけました^^
もう、早い早い。
で、今から映画館に行って来ます^^
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by lee_milky | 2009-06-09 19:51 | Comments(8)