今回のオン ステージには、私に仕事のことを想起させるシーンがもう一つありました。
それは、ニューオリンズの映画のシーンです。
2005年8月末、大型ハリケーン「カトリーナ」が米国本土を直撃しました。
ジャズの発祥地であるニューオーリンズの8割が冠水し、死者1800人以上という米史上最悪の自然災害となりました。
災害前48万人だったニューオーリンズ市の人口は29.1%を失い、現在34万人にまで減少し、一部ゴーストタウンと化した住宅街は、災害時から6年たった今でも災害直後の状態のまま何の手も加えられず残されているそうです。
ビョンホンシは、G.I.Joe2の撮影のためにここニューオリンズで過ごした4ヶ月の間に、この災害の爪痕を目の当たりにしたのでしょう。
映画は、ジョギングするビョンホンシが足を止めた海岸にその爪痕が見て取れるシーンから始まります。
私は、そのカットを福岡公演で初めて見た瞬間、目頭が熱くなりました。
その訳は、こうです。
震災直後、私は、
教師にしかできないことをしようと心に誓いました。
その翌日、ビョンホンシが
SBSで異例の会見を行いました。
私の想像を超えるビョンホンシの勇気ある行動に胸が震えました。
偶然ではありましたが、修学旅行に訪れる前に、半年以上もかけて阪神淡路大震災の学習をし、現地で震災当時の記録資料や海岸に資料として残された震災の爪痕を目の当たりにした生徒達は、今更、私が種を蒔かずとも、自ら行動をはじめました。
まずは、予定していた職場体験実習に行き、そこで、支援の状況や方法を学んできました。
特に、消防署・自衛隊に行った生徒は、災害派遣に出発するあわただしい様子を見聞し、病院・新聞社に行った生徒は、支援や報道の実際を学んできました。
話し合いの結果、1年生にも呼びかけ、義援金募金活動を行い、行政を通じて募金しました。
集まった金額は、20万697円。
全校生徒わずか150名で集めた予想以上の金額でした。
4月に入り、美術の授業では、全校で震災復興を願う制作をはじめました。
そのために、保護者にお願いして牛乳やジュースなどの紙パックを集めました。
大きなハートのマークを作るために赤い色の紙パックが大量に必要でした。
そのため、
メグミルクが局地的に売れたのではないでしょうか。
また、3年生は、総合的な学習の時間に震災と自分の将来を絡めて調べ学習をはじめました。
例えば、栄養士を目指している生徒は避難所の食糧事情、自衛官になりたい生徒は震災直下の自衛隊分刻みの対応について、アナウンサーになりたい生徒は震災後のマスコミの動向を調べました。
生徒が自分の興味に従って調べたので、その内容は、かなり興味深いものになっていましたし、生徒の数だけ広範囲に広がっていました。
夏休み、私は、生徒の書いた調べ学習のレポートや、日記、道徳の授業の感想、生徒と私の会話の記録など、おびただしい数の資料を読み返し、文化祭で発表するためのシナリオを書きました。
それらの資料は、どれも興味深く、ピックアップするのが大変でした。
シナリオは4部構成で、第一部は、3年生のこれまでの平和学習の奇跡の発表です。
第二部は、復興支援と仕事についての調べ学習の発表です。
第三部は、パール・バックの
「The Big Wave」の原文の朗読です。
第四部は、「上を向いて歩こう」に手話ダンスの振り付けで全員で歌います。
二学期になり、幕ごとに分かれて、生徒が発表の練習と、プレゼン画面の制作をはじめました。
その画面の冒頭に、
神戸港のメモリアルパークの保存ゾーンで撮影した記念写真がありました。
その阪神淡路大震災の爪痕の写真とオン ステージで流された映画の中のニューオリンズのハリケーンの爪痕のシーンが重なり、泣けてきました。
自分の仕事とビョンホンシのイベントに重なる部分を見出した喜びだったのか、或いは、遠くアメリカに行っても日本の震災のことを忘れないでいてくれたことを知ったからか、あの映像で、自分の仕事を思い出し、その苦労や生徒との別れが近いことを思い出したからか・・・自分自身の涙の訳も分からず、ただただ、その涙にとまどっていました。

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