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2010年 02月 13日 ( 1 )

シャケと軍手

新転位・21 の一昨年の秋公演「シャケと軍手」のDVDを観ました。
新転位・21とは劇作家、評論家の山崎哲さん率いる劇団です。
山崎哲さんは、ビョンホンシの大ファンで、自身のブログ「こんな日は映画を観よう」で、既に36回もビョンホンシのことを取り上げていらっしゃるほどです。
そのビョンホンシがご縁で、山崎さんのブログに度々お邪魔するようになり、勇気を振り絞ってリンクをお願いしたら、いともあっさり承諾して下さった上に、相互リンクまでして頂いて大感激したのが、一昨年の春のことでした。
それから、同じビョンホンファン、同じブロガーというスタンスでお付き合いさせて頂いているものですから、ついつい山崎さんと自分が同類項であるような錯覚をしてしまいがちですが、このDVDを観て、もう腰が抜けるほど驚きました。
山崎さんはプロ中のプロだと思い知らされました。


この「シャケと軍手」は秋田児童連続殺害事件をモチーフにしています。
私は、以前、先生の著書「<物語>日本近代殺人史」を読んでいたので、「なぜ実際にあった犯罪なのか?」という違和感ははじめからありませんでした。
むしろ、この事件を山崎さんがどう読み解き、どう表現されたかが興味深く、ワクワクと言っては不謹慎かも知れませんが、正直、そういう心持ちで見始めました。

しかし、公演開始と同時(この場合、DVD再生と同時と言うべきでしょうか。)に、内容よりも演出そのものに度肝を抜かれました。
146分間ノンストップで上演される演劇の迫力に気圧されたというのが本当のところだと思います。
しかも、それがDVDだというのにです。
生の舞台を観ていたなら、本当に腰が抜けてしまっていたかも知れません^^;

のっけから、その迫力で観客を腑抜けにし、判断力を無くさせておいて、自分の言いたいことをすり込む。。。みたいな、そんな感じの舞台でした。
演出家山崎さんの言わんとすることが、これを観た観客の五臓六腑に理屈抜きに染み渡って行ったのではないでしょうか。
つい先頃、アン・ソンギさんのインタビュー記事にいたく感動し、「最も重要なのはシナリオです」という言葉に共感したばかりだったのに、このDVDを観た途端、今度は、そうとも言い切れないのではないかと思い至ったわけです。
だってね。
シナリオが全てなら、シナリオを読めば、それで事足りるわけで、シナリオの善し悪しとは別の、舞台なら舞台のドラマならドラマの映画なら映画の演出が、それぞれあるのだと改めて思ったし、その演出に半ば騙されるのは心地良いものだと実感しました。
もうね。
マルチ商法に騙されて、効くと信じてやせ薬買った気分?

えーっと、こう書いてしまうと、あたかもシナリオが悪いかのような印象を与えてしまうのかも知れませんが、そうではなく、シナリオが良いのは、以前「<物語>日本近代殺人史」を読んだときに既に分かっていることですので。
念のため^^

さて、舞台は、まず暗転の裁判の場面から始まりました。
検事がハタケヤマスズカに対して強い口調で尋問します。
暗闇の中で、執拗に続く尋問のためでしょうか、それが、自分に向けられているかの如く錯覚し、私は、あっという間にハタケヤマスズカに同化していました。
語尾を上げ、矢継ぎ早にまくし立てるやり方は、私達業界の常套手段です^^;
そうすると、こどもは何も言えなくなる。
私達は、生徒が何も言えなくなったところで、語尾をぐっと下げて話し込むのだけど。。。
舞台では、スズカが言われっぱなしに言われていました。
そして、スズカはしどろもどろ。
だから、私は、スズカに同化したのでしょう。
これが演出の妙というものでしょうか、この時既にマインドコントロールされた状態になっていたようです。
だから、私は、ずーっとハタケヤマスズカに成り代わって、舞台を観ていました。
自分がハタケヤマスズカそのものでありながら、舞台の上のハタケヤマスズカを客観的に見ている。。。そんな感じです。
ところが、話の半ばにこの私の持った感覚と同じ様な場面が出て来て驚きました。
ハタケヤマスズカは幼い頃に不思議な体験をします。
母親が泣きながら、段ボールを抱えています。
そして、彼女はその母親の背中を見ている。
しかし、その段ボール箱の中に入っているのは、彼女自身。
ある日、弟と話をしているとき、彼女はそれが実際にあった話だということを知ります。
彼女が幼い頃、父親が彼女の夜泣きを嫌って、彼女を段ボール箱の中に押し込んでしまいます。
母親は、彼女が可愛そうとは思いながらも、夫から日常的にDVを受けているので、彼女をそこから出してやることができません。
なのに、彼女には、自分が箱に入れられている記憶がありません。
覚えているのは、自分が入れられた段ボール箱を抱え泣いている母の後ろ姿。
それがなぜなのか、その疑問が、舞台の終わりまで彼女によって繰り返し語られます。
山崎さんは、あらかじめ、観客が私と同じ様な感覚に襲われることを想定して段ボール箱の話を設定したのでしょうか。
あるいは、あの段ボール箱には他の意味合いがあったのでしょうか。
そこだけは、山崎さん御自身に聞いてみたいところです。

これぞ舞台演出!!と感激したのは、村の人が雪かきをするシーンでした。
先の赤いスコップを手に、みんなで雪かきをするのですが、その動作が全員揃ってるんですね。
なんともシュールな演出なのですが、暗い舞台の上で赤いスコップが綺麗に揃って動く軌跡は何とも美しかったです。
劇団員の方なのでしょうが、時々こんなふうに大勢出て来て踊ったり、物音をたてたりするシーンがあるのですが、これが箸休めというか、146分休憩無しの舞台の中で一息つける清涼剤のような場面なのでした。
また、アヤカちゃんの登場も印象的でした。
声色といい、膝を曲げ背中を丸めた立ち姿といい、想像もつかない演出でしたが、一度観てしまったら、他にどんな演出が考えられる?と疑問符を付けたくなるほどに嵌ってました。
そのアヤカちゃん登場シーンには太鼓のようなBGMが必ずと言っていいほど流れるのですが、その効果が効いていたと思います。
打楽器の規則的な音は人の心に染みるものですし、記憶に残りやすく、早い段階でアヤカちゃん登場の定番としてすり込まれたために、物語がより分かりやすくなっていました。
話は、大きく逸れますが、ドラマ「アイリス」は、高視聴率に乗じたせいが、BGMが多くてしかも曲調が同じ感じの曲が多いので、この辺りの効果は薄いですよね。
CDとしては聞き応えがありますが、もう少し精選しても良かったのではないかと思います。

次に、俳優さんに話をうつしたいと思います。
メインキャストはハタケヤマスズカ役の石川真希さん、その弟ユウ役の飴屋法水さん、彼女の恋人役の佐野史郎さん、彼女の父親役の十貫寺梅軒さんです。
いずれも友情出演ですが、みなさん、山崎哲さん同様、状況劇場(唐十郎)の出身で、本当のご友人だそうです^^
どこぞの映画の友情出演とはわけが違うわけです((((爆))))
この俳優陣が、また凄いのです。
いえ、本音を言うと、私は、佐野史郎さんしか知らないので、他の俳優さんが本当に素晴らしいのか、はたまた天然でそうなのか、実のところ分からないわけで、そこは、佐野史郎さんから推し量るしか無いわけですが、その佐野史郎さんの演技がドラマでは観たこともないような(^^;)これぞ役者って感じの演技なのです。
絶句しました。
役としては地味な役柄なのですが、光り輝いてました。
石川真希さんは、もう、この方がハタケヤマスズカそのものなんですよ。
とにかくあまりに嵌っていて、事件発覚当時、何度かTVで目にした本物のハタケヤマスズカが思い出せなくなったくらい素晴らしかったです。
彼女の弟ユウ役の飴屋法水さんも、何というか、世界があって引き込まれました。
・・・というより泣かされました。
いろんな場面で泣かされたのですが、特に号泣ものだったのは、アヤカちゃんとのやりとりの優しい叔父さんの顔の部分と姉とのやりとりの破産宣告をしたという情けない若者の顔の部分、それに、ラストのスズカと彼女の恋人と三人の場面で「アヤカを殺したのは魚伝説を話した俺のせいだ」と言う部分でした。
舞台演劇では、俳優さんの声が大きな役割を果たすのですね。
この飴屋法水さんの声が、キーが高いのに抜けない声なので、受け手の取りようによって、優しかったり、情けなかったり、思慮深かったりするんですね。
もうね。
声に惚れちまいました^^
十貫寺梅軒さんは、この三人に比べ、出演時間が少なかったせいか、正直私の記憶にあまり残っていません。
ただ、本当に嫌な親父でした。
って、ことは良い芝居してらしたってことですよね^^

最後に、この舞台のメッセージについても触れておきたいと思います。
それは、DVDが始まって一時間あまり経った頃に登場する謎の青年の台詞に帰結すると思います。
青年は、アヤカちゃんにこう言います。
「ここに落書きがあるよ。『汚い。ばい菌の子。寄るな。死ね。』って書いてある。これはお兄ちゃんが書いたんだよ。だって、その通りなんだもん。いったい何日風呂に入ってないの?爪も真っ黒、髪もベタベタしてるよ。家の中もゴミだらけ。お母さん、どうやってかたづけたらいいか分からないんだ。何故だか知ってる?お母さん、自己破産してるからなんだよ。心の中も自己破産してるからなんだよ。自己破産は悲しい。全部僕のせいなんだよ。秋田の自然が無くなったのも、アヤカちゃんのことをばい菌の子って書いたのも。昔、『山は宝』と言って杉の木を伐採させた僕のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんのせいなんだ。アヤカちゃん、僕を殺したい?殺していいんだよ。」
落書きを書いたのは、僕。
自然を破壊したのは、僕の先祖。
つまり、僕は時代。
山崎さんは、この悲劇は時代が生んだのだと言いたかったのではないでしょうか。

この事件について、当時の報道で知り得た情報も忘れかけていることが多く、その後、出版された書籍なども読んでいないので、この話のどこからどこまでがノンフィクションで、どの部分がフィクションなのか、私には見当がつきません。
しかし、この台詞の中に出てくる事象は少なからず事実に基づいていると思われます。
いじめ、自己破産、ネグレクト、片づけられない女。。。
現代における社会問題を全て内包しているようなこの事件はやはり時代のせいだと言わざるを得ない気がします。

事件当時のテレビ報道で私が鮮明に覚えているのは、アヤカちゃんの可愛らしいドレス姿です。
このドレスは、ハタケヤマスズカがアヤカちゃんのために仕立てに出したものだそうで、テレビのコメンテーターが、「一方ではこんなに可愛いドレスを娘のために準備し、一方では娘を邪険に扱い、ついには殺してしまうという矛盾する行動が理解できません。」と言ったのが、未だ耳に残っています。
でも、教育現場では、こんなお母さんは今時珍しくありません。
ネグレクト=こどもに愛情の無い親では無いことを私は知っています。
そして、こどもは、それがどんな親であろうと、親のことが大好きだということも。
舞台の中で、アヤカちゃんが「お母さん、お薬」と言って、スズカに薬を飲ませたのも、アヤカちゃんが亡くなった後、スズカが寂しがって泣いたのも、山崎さんが作られたフィクションかも知れません。
でも、私は、実際にそういう場面はあって、アヤカちゃんは母親に無視されることが多かったけれども、決して愛されていなかったわけではなく、アヤカちゃんもスズカのことが大好きで、親子の間には確かな愛情が通っていたのだと思います。

腑抜けのようになりながら、このDVDを観終えた後、私は、重い腰を上げて、実家へと急ぎました。
それは、このDVDを観て、ちょっぴり優しくなれたから。
緑内障のためにほとんど目の見えなくなった母を支えられるのは私しか居ない。
だから、頑張らなくては。

実家に向かう車の中で、ぼんやりとこんなことを考えました。
萩本欽一さんが言っていました。
支えてくれる人が一人でも居れば、この世界はやっていけると。
実際のハタケヤマスズカには、優しい恋人も弟も居なかったのでしょうか。
by lee_milky | 2010-02-13 23:55 | Comments(13)