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利己的な遺伝子 40周年記念版 (はじめに)

本屋さんに注文していた「利己的な遺伝子 40周年記念版」が届いたので、ボチボチ読みながらアップして行こうと思います。
なにせ600ページもある分厚い本なんですよ。
面白そうな内容なので、一気に読めそうな気もするし、他にもいろいろ読んでいるので、時間がかかりそうな気もするし。
久しぶりの韓国語の勉強のつもりで頑張ります^^
まずは、ミリの書籍のインスタから



「이기적 유전자」 중에서
「利己的な遺伝子」の中から

다른 종류의 자기 복제 자들 사이에 
別の種類の自己複製子の間に

생존 경쟁이 있었던 것이다.
生存競争があったのだ。

자기 복제자는
自己複製は

자신이 경쟁하고 있다는 사실을 몰랐고
自分が競争しているという事実を知らなかった

그 때문에 고민하지도 않았다.
そのため、悩みもなかった。

지금까지 밀리의 서재 리딩 북,
以上、ミリの書斎リーディングブック、

이병헌 이었습니다.
イ・ビョンホンでした。






by lee_milky | 2019-01-31 22:15 | Book Review | Comments(0)

白頭山、顔合わせ

「南山の部長たち」のクランクアップも間近なのでしょうか。
去る28日、「白頭山」の初顔合わせが行われたようです。

クランクインが2月で約5カ月撮影ということは、クランクアップは6月末かな?
楽しみですね~。


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by lee_milky | 2019-01-31 21:30 | +白頭山 | Comments(0)

実録KCIA~南山と呼ばれた男たち(徴用工問題の秘密)

徴用工問題にしろ慰安婦問題にしろ、なんでまた?なんで今頃?と首をひねりたくなるようなことの多い昨今。
これらのルーツがKCIAにありました。
今をさかのぼること60年。
初代部長である金鐘泌(キム・ジョンピル)は朴正煕(パク・チョンヒ)将軍の特使として、二度にわたって日本に渡りました。
時の総理大臣は池田勇人、外務大臣は大平正芳でした。
当初、36年間の日本による植民地支配の代償として、朴正煕(パク・チョンヒ)から金鐘泌(キム・ジョンピル)部長に言い渡されたのは8億ドル。
これに対し、池田首相が欧州に発つ前に大平外相に言い置いたのは、8千万ドル。
4時間に及ぶ膝詰め談判の末、決着したのは無償3億ドル、長期低利借款2億ドル、民間ベース借款1億ドルの合計6億ドルでした。
韓国は、この金を産業投資に使い、漢江の奇跡と呼ばれるほどに急速な経済成長を遂げました。
しかし、当時から、韓国国民はこの金額が36年にも及ぶ植民地支配の対価として十分なものなのかと、その交渉内容に不満を抱いていました。
当時、野党は「無償三億ドルで売り渡した売国外交」と痛烈に批判したそうです。
後の金泳三(キム・ヨンサム)大統領や金大中(キム・デジュン)大統領は、当時、野党の旗手でした。
以上が、「実録KCIA~南山と呼ばれた男たち」から分かったことです。

ところで、現在の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、金大中(キム・デジュン)元大統領の肝いりで政界に入った人だそうです。
つまり、当時の野党の流れをくむわけです。
ですから、もともと1962年の保証には批判的なのです。
そして、罷免された朴槿恵は大統領時代に慰安婦問題に合意しましたが、これも、当時から野党は反対していました。
さらに、現安倍首相はかつて金大中氏事件は金大中(キム・デジュン)の自作自演説を唱えた青風会の流れを汲んでおり、もともと文在寅(ムン・ジェイン)大統領と安倍晋三総理大臣とは全く相いれない仲なのです。

日韓関係が最も好転したのは金大中大統領と小泉首相の時代なので、もう、ここは小泉進次郎氏に首相になってもらうしかないですかね。
ちなみに、小泉純一郎元総理大臣の祖父は韓国初の女性パイロットに中古の飛行機をポンと与えるほどの韓国通だったそうです。

以上で、「実録KCIA~南山と呼ばれた男たち」のブックレビューは終わりです。
6回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。


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by lee_milky | 2019-01-30 23:49 | +南山の部長たち | Comments(0)

宿題、やらなければ


昨年夏に頂いた宿題が未だ手つかずです。
それは、この動画に韓国語の字幕を付けることです。

なにせ、この動画の編集データが既にないので、まずは私の手元にあるディスクから編集機に取り込む必要があり、さらに、日本語を文字に起こして、韓国人の方に翻訳を依頼し、それをテロップにして映像につけなければなりません。
私の持っている編集機はテロップは手打ちしかできないので、ハングルで一文字一文字タイピングしなければなりません。
本当に、そんなことができるのか・・・。

しかし、昨年の秋にわかったのは、日本に残る日韓の心温まる話はほとんどがねつ造だそうで、筑豊に残る話の中で、この話だけが実話だということです。
たまたま私が出会った話が数少ない実話なら、やはり宿題は遂行しなければ。

と、今夜思ったので、ここに貼り付けておこうと思います。

先ずは、文字起こしから、頑張ります^^


by lee_milky | 2019-01-28 21:58 | 日韓交流 | Comments(0)

ミスターサンシャインに思うこと

ミスターサンシャイン。
フェイスブックのビョンホンシのファングループでの語らいに加わりたかったけど、グループの雰囲気を壊すと申し訳ないので、ここで書きたいと思います。
もともとこのブログを作ったきっかけの一つがこういうことでした。

このドラマ、日本のことを執拗に悪く描いていました。
うちの夫は、ビョンホンファンであるにもかかわらず、日本の描きぶりに気分が悪いと言って途中から観なくなりました。
観続けた私も、夫の気持ちが分からないでもありませんでした。

しかし、私は次第に次のように思うようになりました。
このドラマはきちんと歴史を踏まえている。

こう思ったきっかけは、ユジンの二つのセリフです。

今から書こうとすることは、実はもう一度この作品を観て、ユジンが第何話のどんなシチュエーションでどう言ったのかを正確に書こうと思っていたのです。
しかし、未だ見直していないので、今は正確には書き表せません。
もし、わかる方がいらしたら、フォローお願いします。
また、分かり次第この部分は削除し、の部分を付加修正します。

ユジンのセリフの多くはアメリカのことを自由な国、安全な国ということを言い表していました。
でも、私の気づく限り、次の二つのセリフは違っていました。
その一つめは、「日露戦争が、アメリカの資金でアメリカからさせられた戦争だった。」という内容でした。
そして二つめは、「初めに朝鮮に目をつけたアメリカは真っ先に朝鮮から撤退した。」という内容でした。

このように、このドラマでは、ユジンのセリフを通してアメリカのことをサラッと悪く言っています。
これこそが、日米韓の今に至る歴史的関係を物語っていると思うのです。

今から書くことは、私が過去に恩師から聞いたり、本や論文を読んで知ったことから判断する私見です。
先の第二次世界大戦は、日本がハワイのパールハーバーに、アメリカ軍の休息日に奇襲攻撃したことがきっかけとされています。
しかし、本来、有事には軍は休まないそうで、この日が休みだということを、日本はアメリカから巧妙に知らされたのだという説があります。
つまり、アメリカはあえて日本に攻撃させたと。
だから、アメリカ本土でなくハワイなのだと。
日本が沖縄を切り捨てたように、アメリカもハワイを切り捨てたのです。

そして、日帝時代、日本はアジアの国々の人々を日本人にしようとした。
ここが、西欧列強と大きく異なるところです。
しかも、悪いことに身分の低い日本人にしようとしたのです。
だから、当時、日本人とアジア人の婚姻がほとんど成立していないし、現地では下級軍人ほど蛮行を働いたそうです。

そして、日本は敗戦し、日本も韓国もアメリカの統制下におかれました。

その資金力で日本を圧倒したアメリカも天皇の名の下では何でもやってしまう日本の精神に恐れをなしていました。
だから、先ずは天皇制に手を付けました。
しかし、天皇そのものをなくしてしまっては、日本人がどんな暴動を起こすやもしれない。
だから、象徴天皇として残しました。
次に、日本の教育に手を付け、日本の子どもたちに精神的にもアメばかりを与えて骨抜きにしました。
一方、中でも日本人化していた朝鮮の教育にも手を付け、徹底的な反日教育を行いました。

その結果が今の日本人と韓国人なのです。

また、日本と同じように韓国にとってもアメリカが脅威であることは昨夜アップした金大中氏事件の結果からも分かります。
朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の金大中(キム・デジュン)氏抹殺(暗殺ではなく抹殺・・・海に沈めて行方不明にする予定でした。)計画がアメリカの鶴の一声で水泡に帰したという事実です。

だから、韓国のドラマでは、敗戦した弱い日本には何でも言うことができても強いアメリカには大っぴらには批判することができない。
このため、ユジンのセリフを通してこっそりアメリカ批判をしたのだと思います。

つまり、私見では、ドラマで描かれた日本軍人の蛮行は実際にあったし、実は悪いのは日本だけでなく、アメリカも他の列強も同じだったということです。

by lee_milky | 2019-01-27 17:16 | -ミスター・サンシャイン | Comments(2)

実録KCIA~南山と呼ばれた男たち(金大中氏事件)

映画になるであろう部分の紹介は終わったのですが、この本一冊で韓国の?がいろいろ解明したので、続けて紹介していこうと思います。

解明したことのうちの一つが「金大中氏事件」です。
1973年8月8日。
東京のホテルグランドパレスから韓国人の金大中氏が拉致された事件。

日本では連日のようにこの事件が報道されていましたが、未だ中学一年生だった私には、いったいどんなことが起こったのか、皆目見当もつきませんでした。
まあ、当初は誰にも見当がつかなかったわけですが。

ただ、「きんだいちゅうしじけん」という言葉が耳に残っていて、後にこの金大中さんがキム・デジュン大統領になった時、ああ、あの時拉致された人かと感慨深く思ったものです。

実は、この金大中氏事件の首謀者も南山の部長だったことを今回初めて知りました。
いや、当時もニュースで知ったのかもしれませんが、なにせ、KCIAがどんな組織かも知らないわけですから、
ただでさえ社会が苦手な中学生の私の記憶に残っていないのは、当然と言えば当然かもしれません。

金大中氏は1971年に大統領選に朴正煕批判勢力の代表として出馬し、
朴大統領の三選を許したものの、得票数は朴大統領のそれに肉薄しました。
選挙には負けたものの、手段を択ばない現役の独裁者にこれほど迫ったということは、実際には金大中氏の圧勝だったということは周辺の者のみならず、朴大統領自身にも分かっていたはずです。

このためか、選挙後まもなくして、金大中氏は韓国内で何者かによってトラックに撥ねられます。
九死に一生を得た彼は、暗殺されるのを回避するために事実上亡命し、アメリカや日本を行き来し、反朴政権活動を展開していました。

彼の海外での活動を止められない朴大統領は当時の南山部長李厚洛(イ・フラク)に、金大中(キム・デジュン)の帰国工作を指示しました。
しかし、金大中(キム・デジュン)はこの工作のうまい話には乗りませんでした。そんなさなかに起こったのが「金大中氏」事件でした。
東京で拉致された彼は、車で荷物のように神戸に運ばれ、そこから韓国籍の舟に乗せられました。
この事件の実効犯は、南山部長李厚洛(イ・フラク)の命を受けた彼の部下だということが後にわかりましたが、未だに証言が食い違い、明かにされていない部分があります。
その一つが、金大中(キム・デジュン)を殺そうとしたのか否か、そしてもうひとつが、朴正煕大統領の指示があったのか否かです。

金大中(キム・デジュン)は、船上での経験を例に「水葬にしようとしたが、米国の介入で放棄した」と語っていますが、真相は分りません。

とにかく、この事件は国際的な政治に絡んでいるので、もはや、自分の感覚で判断するしかないのかもしれません。
日本でも、警察が拉致犯の指紋を発見しながら、その後の捜査をうやむやにしてしまったり、自民党の保守右翼グループ「青嵐会」のメンバーが、「金大中氏の自作自演説」を流したりしました。
しかし、当時の田中伊三次法務大臣は、米国筋からの話として、金大中(キム・デジュン)の話を肯定しています。

いずれにしても、韓国国内では、李厚洛(イ・フラク)が勝手に金大中(キム・デジュン)を拉致させた事件として処理され、李厚洛(イ・フラク)は、その責任をとって第6代KCIA部長を引退しています。

また、金大中(キム・デジュン)は、後に大統領になった時、この韓国中央情報部(KCIA)の後身である国家安全企画部(NSPA)を廃止し、権限や機能を大幅に縮小した国家情報院を大統領直属機関として新設しました。
※下線部は、ウィキペディアより

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by lee_milky | 2019-01-26 19:56 | +南山の部長たち | Comments(0)

実録KCIA~南山と呼ばれた男たち(その日)

金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)の台頭に業を煮やしていた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、全ての失策の責任が金載圭(キム・ジェギュ)部長にあると思っていました。
しかし、実際は、手を組んだ金泳三(キム・ヨンサム)と金大中(キム・デジュン)が反目していた金載圭(キム・ジェギュ)と車智澈(チャ・ジチョル)に勝利したと言われており、そもそも、年齢的にも立場的にも有意である金載圭(キム・ジェギュ)をないがしろにした朴正煕(パク・チョンヒ)の態度こそが敗北の遠因を作ったと言っても過言ではないようです。
いずれにしても、朴正煕(パク・チョンヒ)政権は既に末期症状に陥っていたわけです。

こうして、車智澈(チャ・ジチョル)室長に対する不満、大統領からの叱責、崔順実(チェ・スンシル)の父親である崔太敏(チェ・テミン)への疑惑についての報告を朴正熙大統領が聞き入れなかったことなどから、次第にストレスをため込んでいった金載圭(キム・ジェギュ)部長は、ついに10月26日を迎えます。

その日も、金載圭(キム・ジェギュ)部長は、5時間以上にも渡って、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領から叱責され続け、それに追い打ちをかけるように車智澈(チャ・ジチョル)室長が横やりを入れていたと言います。
そして、ついに引き金は引かれてしまいました。

一時はクーデターかと疑われた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領射殺事件は、もともと短気でもあった金載圭(キム・ジェギュ)KCIA部長がストレスを爆発させたという個人的な事件だったわけです。



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by lee_milky | 2019-01-25 23:40 | +南山の部長たち | Comments(0)

実録KCIA~南山と呼ばれた男たち(第8代部長)

ウ・ミンホ監督は、この映画は、朴正煕大統領が暗殺されるまでの40日間を描くと言っています。
つまり、「南山の部長たち」を原作にはしていますが、映画は、歴代部長たちを描くのではなく、大統領を暗殺した第8代部長と彼を取り巻く人々を描くわけです。

その第8代部長を演じるのがビョンホンシです。
ビョンホンシの役名はキム・ギュピョン部長ですが、実際の8代部長は金載圭(キム・ジェギュ)といいます。
金載圭(キム・ジェギュ)は、1976年12月4日に第8代KCIA部長に就任し、1979年10月26日に大統領を射殺しています。
在位は約3年。
僅か40日で部長の座を追われた人も居るなど10年で10人の部長が誕生したわけですから、在位としては長かったと言えるかもしれません。
その間に、朴正煕大統領は3選を果たしましたが、そのためには彼は手段を択ばなかったようです。
朴正煕大統領の在位は18年もの長きに渡り、次第に自分の直属の機関であるKCIAも信じられなくなっていたようです。
つまり、金載圭(キム・ジェギュ)部長にしてみれば、せっかくKCIAの最高幹部になったにもかかわらず、大統領からの信頼を得られなかったというわけです。
このことは、大統領のみならずその周辺の人物からもかつてのKCIA部長のような厚遇は受けられなかったことを意味しています。
KCIAに代わって台頭してきたのが大統領警護部の車智澈(チャ・ジチョル)です。
彼は、下級将校でありながら、朴正煕と共にクーデターを起こした人物で、もはや誰も信じられなくなった朴正煕大統領からも信頼され、大統領の政務補佐官でさえも彼に睨まれたら青瓦台に入れなかったそうです。

1979年の夏ごろには金載圭(キム・ジェギュ)更迭説が流れ、後任には車智澈(チャ・ジチョル)の名前も挙がっていたそうです。
金載圭(キム・ジェギュ)はもともと短気で、プライドが高かったそうですが、そのころには彼のプライドはズタズタになっていたでしょう。
そして、大統領暗殺の10月26日の40日前と言えば、9月の半ばごろで、映画はこの辺りから描かれるのでしょう。

金載圭(キム・ジェギュ)は、当時、朴正煕大統領のロイヤルファミリーにも頭を悩まされていました。
つまり、長女の朴槿恵が副総裁を務めていたセマウル奉仕団(仏教とキリスト用の理念を併せ持った新興宗教団体)のスキャンダルです。
この団体の創始者であるチェ・テミンは詐欺・横領・SEXスキャンダルなどの数々の違法行為を犯しており、それを知った金載圭(キム・ジェギュ)は「チェのように百害あって一利なしの人間には交通事故にでもあって死んでもらうべきだ。」と吐き捨てたそうです。
ちなみに、このチェ・テミンとは朴槿恵大統領が更迭される原因となったチェ・スンシルの父親です。
76年に、大統領暗殺に失敗した流れ弾に当たって死亡した大統領夫人の死を利用し、「母親の霊から槿恵をよろしくと頼まれた。」と彼女に近づいたのです。
つまり彼女らの因縁は40年前に既に始まっていたのです。
監督が「朴槿恵政権下にもかかわらず、ビョンホンシが即決してくれた。」と感謝したとは、単に父親暗殺に関わることだからという理由だけではなかったということです。

更に、車智澈(チャ・ジチョル)の台頭も亡くなった夫人の死に起因しています。
この時、警備にあたっていた大統領警護部室長の後釜に据えられたのが彼だったのです。
映画では、彼はクァク室長として描かれ、イ・ヒジュンシがこの役を演じます。


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by lee_milky | 2019-01-25 00:04 | +南山の部長たち | Comments(0)

実録KCIA~南山と呼ばれた男たち(南山の部長たちとは)

南山と聞いて、私が想起したのは焼肉屋さんでした。
いや、南山という地名があって、そこが韓国のどこに位置するのかは薄々知ってはいました。
だから、「南山の部長たち」とは、南山にある会社のいくつかの部署の部長さんたちの話?
なんて、悠長にも思っていました。
なにせ、かつて南山に韓国中央情報部(KCIA)があって、南山と言えばその韓国中央情報部のことを指すということなど全く知らなかったものですから。

この韓国中央情報部(KCIA)は、軍事クーデターを起こし、後に韓国大統領になった朴正煕の肝いりで創設された大統領直属の機関です。
韓国人にとって「南山」とは単なる地名でなく、KCIAの拷問や残虐行為を象徴する忌まわしい言葉なのだそうです。

そして、この韓国中央情報部の部長とは、組織中の最高位で一人だけです。
ですから、部長たちとは韓国中央情報部の歴代トップたちという意味だということがこの本を読んで初めてわかりました。




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by lee_milky | 2019-01-23 23:04 | +南山の部長たち | Comments(0)

2019年1月例会報告

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福岡アジア美術館で開催されていた「闇に刻む光~アジアの木版画運動 1930s~2010s」展のクロージングイベントとして行われた「1987、ある闘いの真実」のトークイベントと上映会に参加してきました。

100~150席の会場は満席とはいかないまでも多くの方が詰めかけ、大盛況でした。
そんな中、我が日韓映画文化交流研究会も6名で参加してきました。

この映画は、昨年の9月の例会で鑑賞していたものの、今回はトークイベントも開催され、「闇に刻む光~アジアの木版画運動 1930s~2010s」展で展示されている木版画の中に、カン・ドンウォンが演じたイ・ハニョルの最期を模した版画があると知ったので、今月の例会として設定したわけです。

個人的には、運動の媒体として木版画が作られたという事実を知らなかったので、この展覧会に興味を持ち、冬休みの間に観に行こうと思っていたところでした。
しかし、今年になって、このクロージングイベントを知ったので、展覧会を観るのを日延べしていました。

会場に着くと、まず展覧会を観覧しました。
やや稚拙ではあっても、荒々しい雄叫びを彷彿とさせる版画の数々に圧倒されながら、会場内を巡回していると、中ほどに1980s~2000s韓国:高揚する民主化運動」のブースがあり、最初に目に飛び込んできたのが、↑のコルゲクリムでした。
映画「1987、ある闘いの真実」をご覧になった方なら、もうお判りでしょう。
映画の後半、デモを行っていたイ・ハニョルが催涙弾の破片を頭に受けた後、友達が抱きかかえたシーンです。
実は、あのシーンはこの木版画の元にもなった新聞に掲載されたハニョルの写真をもとに作られていたわけです。

この映画の原題は「1987」でした。
韓国の人なら、1987とはどんなことが起こった時代で、あのシーンは、実際の写真をもとに作られたと誰もが分るのでしょう。

の例会で、やはり外国の映画は字幕で見ただけでは理解できないことがあると実感させられました。
映画の背景にある文化や歴史について知ることができたらどんなにか良いでしょう。
公開中の映画について、講師を招聘し、勉強会ができたらよいのにと痛感しました。

とはいえ、話がどこに飛んで行くか皆目見当もつかない会員どおしのおしゃべりも楽しく、この後、みなさんと一緒に映画を観覧し、展覧会をもう一度観て、帰りに中洲川端のから揚げ屋さんで、たらふく食べ飲み喋り、楽しい例会となりました。





by lee_milky | 2019-01-23 00:17 | 日韓映画文化交流研究会 | Comments(0)